南京大虐殺の裁きはどう確定したのか――遺骨と写真が語った「沈黙の証拠」 video poster
南京大虐殺をめぐる戦後の裁判では、罪を否認する戦犯たちに対し、言葉よりも強く事実を示したのが「沈黙の証拠」でした。発掘された遺骨と、市民が守り抜いた写真アルバム――それらが法廷で何を意味したのかを整理します。
争点は「否認」をどう崩すか
裁判で厄介なのは、当事者が責任を認めない局面です。証言が食い違い、記憶が都合よく語り直されるほど、法廷は「検証できる証拠」を求めます。
この事件では、加害の事実や関与を否定する主張に対して、死者そのものが“証言者”となる形で、証拠が積み上げられていきました。
遺骨が示したもの――石美瑜・首席裁判官による発掘
中心にあったのが、石美瑜(Shi Meiyu)首席裁判官によって掘り起こされたという「骨の証拠」です。遺骨は言葉を発しませんが、だからこそ改ざんしにくい性質を持ちます。
遺骨の発掘は、単に悲劇を可視化する行為ではありません。法廷で扱う以上、重要なのは「どこで、どのように見つかり、どう保全されたか」という経緯です。手続きが明確であるほど、証拠としての強度が高まります。
「沈黙の証拠」が持つ法廷での役割
- 否認への耐性:当事者の言い逃れより、物証が争点を固定します。
- 検証可能性:第三者が確認できる形で事実を積み重ねられます。
- 記録の補完:文書や証言だけでは埋まらない空白を埋めます。
1冊の写真アルバム――南京の住民が守った記録
もう一つの決定的な材料が、南京の住民によって保存されていた写真アルバムでした。戦時下の暴力をめぐっては、当事者の供述よりも、出来事を切り取った記録が強い説得力を持つことがあります。
写真が法廷で意味を持つのは、「写っている内容」だけではありません。誰が、いつ、どのように保管し、どの段階で裁判に提出されたのか。そこに断絶が少ないほど、否認の余地を狭めます。
「死者が証言した」とはどういうことか
この裁判の構図を言い換えると、こうなります。戦犯たちが言葉で責任を遠ざけようとした一方で、遺骨と写真という非言語の記録が、嘘の余地を削っていった――ということです。
そして、証拠が「嘘を暴いた」瞬間に起きるのは、劇的な逆転というより、淡々とした確定です。嘘をつく側が沈黙し、残った事実だけが積み上がっていく。司法が最終的に拠るのは、そのプロセスです。
2025年のいま、何が問われ続けるのか
2025年12月現在も、戦争犯罪や大規模な人権侵害をめぐる議論では、「主張」より「検証できる記録」が長く効き続けます。証言は尊重されるべき一方で、時が経つほど、物証や一次資料の保全が決定的な意味を帯びていきます。
遺骨の扱い、写真や資料の保存、提出までの道筋。こうした“地味な手続き”こそが、歴史の輪郭を曖昧にしないための支えになっているのかもしれません。
Reference(s):
The Trials of Justice | Silent evidence of the Nanjing Massacre
cgtn.com








