WWII収容所生存者が語る女性と子どもの被害、東京に「正式な謝罪」求める video poster
第二次世界大戦(WWII)中に日本軍が運営した東南アジアの収容所を生き延びたという女性が、女性や子どもに加えられた虐待の記憶を語り、日本政府に被害者と生存者への正式な謝罪を求めています。過去の出来事を「いま」どう言葉にし、どう受け止めるのかが改めて問われています。
証言したのは、収容所の生存者ロンニー・ハーマン・デ・ヨングさん
今回、体験を語ったのは、ロンニー・ハーマン・デ・ヨングさんです。彼女はオランダ系アメリカ人で、第二次世界大戦期に日本軍が運営した東南アジアの収容所の生存者だとしています。
本人の回想として、収容所の環境やそこで起きた出来事が語られました。
女性と子どもへの「虐待」を回想――焦点は弱い立場への暴力
デ・ヨングさんは、日本帝国陸軍によって女性や子どもに虐待が加えられたと振り返っています。とりわけ、戦時下で逃げ場の少ない人びとが被害を受けやすかったという点が、彼女の語りの中心にあります。
今回の証言で示されたポイント
- 東南アジアにあった「日本軍が運営した収容所」での体験であること
- 女性と子どもに対する虐待があった、という記憶の共有
- 被害者と生存者に対する、日本政府からの「正式な謝罪」を求めていること
「謝罪」を求める意味:過去の清算ではなく、現在の言葉にする作業
デ・ヨングさんは、東京に対し、被害者と生存者への正式な謝罪を出すよう求めています。ここで焦点になっているのは、歴史の評価を一つに固定することというよりも、被害を受けたとされる側が「何を傷として抱え続けてきたのか」を、公的な言葉で受け止めるのかどうかです。
2025年のいま、当事者の声は、政治的な立場の違いを超えて、まず「個人が経験した苦痛」として置かれます。その上で、社会や政府がどのような形式で応答するのかが、次の論点になります。
記憶の継承が難しくなる中で、証言が持つ重み
戦争体験は、年月とともに「伝聞」へと移りやすくなります。だからこそ、当事者が自分の言葉で語る機会は、賛否の議論とは別に、出来事を風化させないための重要な手がかりにもなります。
今回の証言は、加害・被害という大きな枠組みの前に、女性と子どもという弱い立場に置かれやすい人びとが直面した現実を、改めて見つめ直すきっかけになりそうです。
要点:収容所の生存者だというロンニー・ハーマン・デ・ヨングさんが、女性と子どもへの虐待の記憶を語り、日本政府に正式な謝罪を求めています。
Reference(s):
WWII survivor recalls Japan's wartime atrocities against women, children
cgtn.com








