北京で古いランタンフェス復活 高齢者施設「27号院」と街の記憶 video poster
北京の中心部で、古いランタンフェスティバルの灯りが静かに息を吹き返しています。高齢者向けの活動拠点「Courtyard No. 27」が、300年以上前の灯籠祭りを現代に再現するプロジェクト「Myriad of Lights」を始めたのです。
北京の路地に生まれた「Courtyard No. 27」
この取り組みを率いるのは、北京という街に強い愛着を抱くNiu Ruixueさんです。彼女は小さなチームとともに、高齢者が集い、学び、遊び、休むことができる活動センター「Courtyard No. 27(27号院)」を立ち上げました。
急速に変化する大都市のなかで、高齢者がゆっくりと時間を過ごし、自分のペースで人とつながれる場所は決して多くありません。四合院と呼ばれる中庭のある伝統的な建物を思わせる名前には、「街の記憶を次の世代につなぎたい」という静かな願いが感じられます。
灯市口のランタンフェスティバルを300年前の姿で
「Myriad of Lights」は、その名のとおり「無数の灯り」をテーマにしたプロジェクトです。舞台となるのは、北京の中心部にある灯市口(Dengshikou)通り。ここでは、約300年前、色とりどりの灯籠と屋台が並ぶにぎやかなランタンフェスティバルが開かれていました。
プロジェクトでは、当時の雰囲気をできるだけ忠実に再現しようとしています。現代的なイルミネーションではなく、手作りの灯籠や柔らかな光を使い、通り全体に温かい明かりの帯をつくり出します。そこに高齢者たちが参加し、灯籠づくりや飾りつけ、昔の遊びを取り入れたイベントなどに関わります。
「灯り」を介してつながる世代と時間
ランタンフェスティバルは、旧暦正月(春節)の締めくくりを彩る行事として知られています。街が最も暗くなる冬の夜に、家々や通りに灯籠をともすことで、「一年の無事」と「人との縁」を願う意味が込められています。
「Myriad of Lights」は、その文化的な意味を、現代の都市生活にもう一度結びつけようとする試みでもあります。高齢者にとっては、若い頃の記憶を呼び起こす懐かしい光景であり、若い世代にとっては、歴史の教科書ではなく「体験」として出会う伝統文化です。
高齢者ケアと都市の記憶が出会う場所
高齢者向けの活動センターが、なぜ歴史的な祭りを再現するのか。その背景には、「ケア」を医療や介護サービスだけに限定しない発想があります。
高齢者の生活の質を考えるうえで、次のようなポイントが重要だとされています。
- 安心して通える「いつもの場所」があること
- 世代や背景の異なる人と対等に関われること
- 自分の経験や記憶が誰かの役に立つと実感できること
伝統行事の再現は、これらの条件を自然なかたちで満たしやすい取り組みです。昔の灯市口を知る世代は、自分の記憶や物語を共有することができますし、知らない世代はそれを「生きた歴史」として受け取ることができます。
変わりゆく大都市で「過去」をどう扱うか
北京のような大都市では、新しいビルや商業施設が次々に生まれ、街の風景は短いスパンで塗り替えられていきます。その一方で、路地や古い市場、地域の祭りといった「生活の記憶」は見えづらくなりがちです。
「Myriad of Lights」は、そのギャップを埋める試みとも言えます。完全な復元ではなくとも、かつての灯市口の祭りを手がかりに、「この街には、こうした時間が流れていた」という感覚を現在の暮らしに接続していきます。
高齢者にとっては、自分が生きてきた時間と街の変化が肯定される場になり、若い世代にとっては、「いま見ている都市景観もいつか誰かに受け継がれる」という視点を持つきっかけになります。
日本への示唆:祭りを「介護のインフラ」に
急速な高齢化という点では、日本も北京と共通する課題を抱えています。日本各地でも、担い手不足や人口減少で、地域の祭りや行事の継続が難しくなっているという声が聞かれます。
北京の「Courtyard No. 27」と「Myriad of Lights」の取り組みは、祭りや伝統行事を、「地域の高齢者ケアのインフラ」として捉え直す視点を示しているように見えます。
- 高齢者が主役になれる企画を祭りの中心に置く
- 若い世代が運営や記録に参加し、世代間の学びをつくる
- 街の歴史や記憶を、映像や物語として残し、共有する
こうした工夫は、日本の商店街や住宅地でも応用できるかもしれません。伝統を守るか、現代化するかという二者択一ではなく、「記憶をリデザインする」という発想が、そのヒントになりそうです。
「灯り」が教えてくれる、都市と人のこれから
北京の「Myriad of Lights」は、壮大な都市再開発プロジェクトではありません。小さな活動センターと、そこで暮らす高齢者、そして街の人々がつくる、ささやかな実験です。
それでも、300年前の灯りをもう一度ともすという行為は、私たちに次の問いを投げかけているように見えます。「自分の街の記憶を、誰と、どのように引き継いでいくのか」。
北京でともる無数の灯りは、日本を含む多くの都市にとっても、静かなヒントを与えてくれます。画面越しにニュースとして眺めるだけでなく、自分の暮らす街でできる小さな一歩を考えてみるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
Reference(s):
cgtn.com








