ウイグル・ムカムを救った音楽家 ワン・トンシューの軌跡 video poster
1950年代、中国の音楽家ワン・トンシューは家族とともに中国北西部の新疆ウイグル自治区へ向かい、消えかけていた伝統音楽「ウイグル・ムカム」を記録し、後世に残すことに人生を捧げました。いま、この取り組みは、ひとりの音楽家が地域の文化を守りうることを示す象徴的な物語として語り継がれています。
ウイグル・ムカムとは何か
ウイグル・ムカムは、新疆ウイグル自治区に根付いたウイグルの人びとの伝統音楽で、独特の旋律とリズムをもつ芸術形式です。地域の暮らしや感情を歌い上げるこの音楽は、長い歴史の中で口伝えで受け継がれてきましたが、20世紀半ばには継承者が減り、存続の危機に直面していました。
1950年代、家族とともに新疆へ
そうした時代のなかで、ワン・トンシューは1950年代に家族とともに新疆ウイグル自治区の奥地へと足を踏み入れました。目的は、ウイグル・ムカムという貴重な音楽を記録し、その芸術を守ることでした。
当時、交通や通信の条件は現在と比べものにならないほど厳しく、長距離の移動や現地での滞在には多くの困難が伴ったと考えられます。それでもワン・トンシュー一家は、この音楽を残すために地域へ通い続けました。
消えゆく音を記録するという仕事
ワン・トンシューは、新疆各地で演奏されるムカムの音楽を録音し、丁寧に記録していきました。さまざまな環境の違い、演奏者ごとの表現、地域ごとの節回しなど、多様な姿をもつムカムを、可能なかぎり音として残そうとしたのです。
録音という行為は、一見地味な作業に見えるかもしれません。しかし、口伝えで受け継がれてきた音楽にとって、音そのものを記録することは、文化を未来へ橋渡しする重要な手段です。紙の楽譜だけでは伝わらないニュアンスや息づかいまで、録音には刻み込むことができます。
絶滅の危機からよみがえらせた先駆者
ウイグル・ムカムは一時期、ほとんど消えかけたとも言われる状況にありました。そのなかでワン・トンシューが残した多くの記録は、後の研究者や演奏家にとってかけがえのない資料となりました。
現在、ワン・トンシューは、絶滅の危機にあったウイグル・ムカムをよみがえらせた先駆的な存在として評価されています。彼の粘り強い仕事がなければ、今日私たちが耳にすることのできる多くのムカムの旋律は、すでに失われていた可能性があります。
ワン・トンシューの物語が投げかける問い
ワン・トンシューの歩みは、2025年のいまを生きる私たちに、いくつかの問いを投げかけています。
- 地域の文化や芸術が、静かに姿を消していくとき、誰がその存在に気づき、行動を起こすのか。
- デジタル技術が発達した現在、私たちはどのようなかたちで伝統文化を記録し、共有できるのか。
- ひとりの専門家や小さなコミュニティの努力が、どこまで文化の存続に影響を与えうるのか。
ウイグル・ムカムを守ろうとしたワン・トンシューの選択は、答えの一つを示しています。それは、状況が厳しくても、記録し、残そうとする意志があれば、文化は完全に消えてしまう前に救い出せる、ということです。
グローバル化の時代に考えたいローカルな音
世界中の音楽がオンラインで簡単に聴けるようになった一方で、地域の小さな音は注目されにくくなっています。だからこそ、ウイグル・ムカムのようなローカルな音楽を守る試みは、単なる郷土史ではなく、グローバル時代の文化のあり方を考えるヒントになります。
国や言語、宗教や習慣が異なっても、人びとが歌い、奏で、踊るという行為には共通する喜びがあります。ワン・トンシューが新疆ウイグル自治区の地で記録したムカムの旋律は、多様な文化が共に生きる世界を静かに映し出しています。
自分にとっての守りたい文化は何か
ワン・トンシューの物語は、私たち一人ひとりが自分にとって守りたい文化は何かを考えるきっかけにもなります。地元のお祭り、小さな方言、家族に伝わる歌や料理。大きな歴史に比べると目立たないそれらも、失われてからその価値に気づくことが少なくありません。
通勤時間やスキマ時間にニュースを追う日常のなかで、ウイグル・ムカムを救った音楽家の歩みに触れることは、いま身の回りにある文化をどう残すかという静かな問いを投げかけてくれます。
音を記録すること、物語を伝えること。その積み重ねが、未来の誰かにとっての出会えてよかった文化を増やしていくのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








