「解放後にやっと一緒に」82歳ツェリンさんが語る旧社会と結婚の自由 video poster
結婚や人生の選択を自分の意思で決められることは、現代では当たり前のように感じられますが、それが許されなかった時代と社会がありました。いま82歳のツェリン・ユウジェンさんは、旧社会で農奴として生きた少女時代を振り返り、「解放」後にようやく愛する人と一緒になれた体験を語ります。
10歳で「預けられた」少女
ツェリンさんによると、母親は幼いころに亡くなり、自分の面倒を見てくれる人がいなかったため、ある荘園に「預けられる」ようにして送り込まれたといいます。当時の年齢はわずか10歳でした。
旧社会には「命は親がくれたものだが、体は領主のものだ」ということわざがありました。この言葉が示すように、当時の農奴は命こそ奪われなくても、自分の身体や人生を自由に決めることはできませんでした。
女性農奴の身体と結婚の自由
ツェリンさんが語る旧社会では、農奴のとくに女性は、上に立つ者の支配から逃れることができませんでした。貴族や農奴主は、女性農奴の生活や労働だけでなく、その身体にまで強い影響力を持っていました。
ツェリンさんによれば、彼女たちはたびたび搾取の対象となり、誰と結婚するかも自分では決められませんでした。結婚相手は、領主や所有者の一存で決められ、本人の意思が尊重されることはほとんどなかったといいます。
「夫と私は同じ荘園で働いていました。私はとても若く、彼もまた農奴でした。だから、私たちが一緒になるなんて考えられなかったのです。私たちはみんな、所有者の言うことを聞かなければなりませんでした。人は自分の好きな相手と自由に結婚できなかったのです」とツェリンさんは話します。
「解放」後にやっと一緒に
こうしたなかでも、ツェリンさんと同じ荘園で働いていた男性との間には、少しずつ絆が生まれていきました。しかし、二人とも農奴であるという身分のために、旧社会の仕組みの中では結ばれることが許されませんでした。
転機となったのは、彼女が「解放」と呼ぶ社会の大きな変化です。ツェリンさんは「私たちが一緒になれたのは解放の後でした。旧社会では許されなかった。でも、解放後は一緒にいることができました」と振り返ります。
この短い言葉には、身分制度と所有関係に縛られていた人々が、ようやく自分の人生を選び取れるようになったという実感が込められています。結婚というごく私的な選択が、社会制度によって左右されていた現実と、その枠組みが崩れた後に訪れた変化が対照的に浮かび上がります。
「当たり前の自由」を問い直す
現代を生きる私たちは、誰と結婚するか、あるいは結婚しないかを、自分の意思で決められることを当然のことだと感じがちです。しかし、ツェリンさんの証言は、それが歴史的には決して当たり前ではなかったことを静かに思い出させます。
ツェリンさんの物語は、私たちに次のような問いを投げかけているように見えます。
- 自分の身体や人生が、自分に属していない状態とはどういうことか。
- 法や制度が、個人の結婚や家族の形をどこまで規定してよいのか。
- いまも世界のどこかで、似たような制約のなかにいる人々はいないか。
ツェリンさんの「解放後にやっと一緒に」という言葉は、権利や自由が数値や制度だけではなく、一人ひとりの人生の物語として存在していることを教えてくれます。ニュースとして伝えられる「改革」や「制度変更」の裏には、こうした個人の経験が無数に積み重なっていることを、改めて考えさせられます。
私たちが日々目にする国際ニュースの多くも、遠い土地の出来事として流れていきます。ただ、その一つひとつには、ツェリンさんのような名もなき人々の人生があります。自分の自由が当たり前ではないと知ることから、他者の自由や尊厳を思いやる視線が育まれていくのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








