中国・西夏王陵が第60の世界遺産に 砂漠に眠る帝国の秘密 video poster
中国北西部の砂漠地帯に眠る西夏王陵が、2025年夏に中国で60件目の世界遺産となりました。古代シルクロード沿い、賀蘭山と黄河にはさまれたこの皇帝陵群は、700年以上歴史の表舞台から姿を消していた「幻の帝国」の記憶を今に伝えます。
砂漠に並ぶ九つの帝王陵
西夏王陵は、賀蘭山と黄河のあいだに広がる乾いた大地に、九つの帝王陵が点在する巨大な陵墓群です。砂色の大地に、独特のシルエットをもつ墳丘や基壇が静かに並び、周囲の山々とともに壮大な景観を形づくっています。往時には、ここが西夏王朝の皇帝たちの最終的な安息の地でした。
700年以上忘れられていた王朝の墓
かつてこの地域を支配した西夏王朝は、長い年月のあいだに歴史書のなかでも存在感を失い、700年以上にわたって「忘れられた王朝」として扱われてきました。その皇帝たちが眠る王陵もまた、風砂にさらされながら、長いあいだ詳細な研究や保全が十分に進まない状態が続いてきたとされています。そうした「歴史の空白」を埋める拠点として、西夏王陵が改めて注目されています。
2025年夏、世界遺産に 何が評価されたのか
2025年夏、西夏王陵は正式に世界遺産に登録され、中国にとって60件目の世界遺産となりました。長く忘れられていた帝国の墓が「名誉ある場所」に戻ったとも言える転機です。世界遺産としての評価の背景には、次のような点があります。
- 古代シルクロード沿いに位置する、東西交流の歴史を物語る立地であること
- 独自の西夏文字や工芸品が、他の王朝とは異なる文化の厚みを示していること
- 砂漠と山岳にはさまれた独特の景観が、文化と自然が交差する場となっていること
西夏文字・ガラス釉の装飾・石像が語るもの
王陵からは、西夏文字の美しい造形や、色鮮やかなガラス釉(うわぐすり)を施した装飾品、堂々たる石像などが確認されています。これらの遺物は、「西夏」という名前だけが先行しがちな王朝に、具体的な表情と手触りを与える存在です。
幾何学的で複雑な線を持つ西夏文字は、碑文や装飾のなかで美的な表現としても用いられており、文字そのものが芸術作品のように扱われてきました。精巧な釉薬の輝きや、皇帝や守護者をかたどった石像の迫力は、この王朝がきわめて高い技術と美意識を備えていたことを静かに物語ります。
千年の時間軸で歴史を見る
西夏王陵が伝えるメッセージは、単に一つの王朝の栄華にとどまりません。賀蘭山と黄河に挟まれたこの一帯は、古くからさまざまな人々や文化が行き交う場所でした。西夏の文明は、その交差点で自らの文字と美術を育て、周囲の世界の動きにも影響を与えてきたと考えられます。
今から見れば「忘れられた王朝」の墓ですが、その背後には、千年単位の時間のなかで繰り返されてきた興隆と衰退のサイクル、そして記憶される歴史と忘れられる歴史の差が浮かび上がります。世界遺産登録は、そうした長い時間軸で過去を捉え直すきっかけにもなります。
観光と保護、そのあいだで
世界遺産となったことで、西夏王陵への関心や訪問者は今後さらに増えていくとみられます。一方で、風や砂にさらされ続けてきた遺跡にとっては、観光客の増加が新たな負荷にもなりかねません。2025年12月現在、現地では保存と公開をどう両立させるかが重要なテーマになっています。
遺跡を守りながら、どのように物語を伝えていくのか。発掘調査やデジタル技術を活用した記録、展示施設でのわかりやすい解説、多言語での情報発信など、選べる手段は少なくありません。西夏王陵の取り組みは、世界各地の文化財保護にも通じる課題を映し出しています。
私たちにとっての「西夏王陵」
砂漠に静かにたたずむ九つの皇帝陵は、私たちに「どの歴史を覚え、どの歴史を見落としてきたのか」という問いを投げかけます。中国北西部の一角で起きた世界遺産登録は、遠い過去を自分ごととして考えるヒントにもなりそうです。
スマートフォンの画面越しに眺めるだけでも、「千年前にどのような人々がここで生き、祈り、死んでいったのか」と想像してみることで、ニュースは単なる出来事から、自分の視点を広げるきっかけへと変わります。西夏王陵の物語は、これからも少しずつ、その秘密を明かしていくことでしょう。
Reference(s):
Tombs of Western Xia emperors yield their secrets after a millennium
cgtn.com








