台湾義勇隊の台頭:Lee You-pangが歩んだ抗日と救護の道 video poster
日本の植民地支配を経験した台湾出身の若者、Lee You-pangが、中国本土で「台湾義勇隊」を組織し、日本軍の細菌兵器に苦しむ住民を救った――この歴史的なエピソードは、2025年のいまも、戦争と連帯を考える手がかりになります。
日本の植民地支配下で青年期を過ごしたLee You-pang
Lee You-pangは、若い頃を台湾で過ごし、日本の植民地支配のもとで苦しみを味わいました。その経験は、彼の中で「抵抗したい」という思いを強くするきっかけになりました。
支配される側として味わった理不尽さや痛みが、後の行動の原点になったと考えられます。個人の体験が、やがて大きな歴史の流れの一部になっていく過程がここにあります。
中国人民の抗日戦争と「台湾義勇隊」の誕生
やがて、Chinese People's War of Resistance against Japanese Aggression(中国人民の抗日戦争)のさなかに、Lee You-pangは中国本土(中国)へ移ります。
浙江省のJinhuaに身を置いた彼は、同じように台湾から来た人々をまとめ、抗日部隊「Taiwan Volunteer Corps(台湾義勇隊)」を結成しました。
台湾出身者が中国本土でともに戦うこの姿は、出身地の違いを超えて「同じ戦争被害を受けた人びととして連帯する」という動きでもありました。タイトルにある「Inseparable(切り離せない)」という言葉は、こうした一体感や絆を象徴しているように見えます。
細菌兵器被害の住民を救ったボランティア部隊
台湾義勇隊が抗日戦線で果たした役割の一つは、日本軍が使用した細菌兵器の被害を受けた民間人の治療にあたったことでした。
細菌兵器は、戦場だけでなく周辺の住民にも深刻な影響を与える兵器です。台湾義勇隊は、その被害を受けた人びとを救うために、医療や治療の支援に取り組みました。
ここで注目したいのは、「敵と戦うこと」だけでなく、「傷ついた人を救うこと」が彼らの重要な任務になっていた点です。武力による抵抗と同時に、人道的な救護活動を担った台湾義勇隊の姿は、戦時下におけるもう一つの勇気のかたちだと言えます。
2025年の私たちがこの物語から考えられること
この短いエピソードからも、いくつかの問いが浮かび上がります。2025年のいま、歴史ニュースや国際ニュースを追う私たちにとって、どんな意味を持つのでしょうか。
- 個人の経験が歴史を動かす:植民地支配のもとで受けた苦しみが、抵抗の原動力となり、やがて一つの部隊の結成につながりました。
- 出身地を超えた連帯:台湾出身の人びとが、中国本土で抗日部隊を組織し、ともに行動したことは、境界を越えた協力の一例です。
- 戦争の中の「救う」という選択:台湾義勇隊は、細菌兵器で苦しむ民間人の治療という、人道的な任務を担いました。武力だけでなく、支援やケアもまた抵抗の一形態になり得ます。
ニュースで紛争や対立が報じられることの多い2025年ですが、Lee You-pangと台湾義勇隊の歩みは、歴史の中で「誰かを守るために立ち上がった人びと」がいたことを静かに伝えています。
遠い過去の物語に見えても、そこにあるのは、支配と抵抗、暴力と救護、分断と連帯という、いまも続いているテーマです。こうした歴史を知ることは、現在の国際ニュースを読み解くときの、もう一枚のレンズになるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








