儒教倫理とグローバル・ガバナンス 第11回ニシャンフォーラムを読む video poster
地政学的な緊張や経済の不確実性が重なる中、国際社会のルールづくり=グローバル・ガバナンスの在り方が問われています。こうした状況のもと、第11回ニシャン世界文明フォーラムでは、CGTNによるライブ討論プログラム「Confucian ethics for global governance」が行われ、儒教倫理や東洋哲学から新しい国際協力の道を探ろうとしています。
本稿では、このフォーラムの趣旨を手がかりに、古代から続く孔子の思想が、2025年の世界をどう読み解き、どのように国際ニュースや世界秩序を見るヒントになり得るのかを整理します。
なぜ今、「グローバル・ガバナンス」が揺らいでいるのか
グローバル・ガバナンスとは、国家を超えて地球規模の課題に対処するためのルールや仕組み、協力の枠組みを指します。気候変動、感染症、経済危機、デジタル技術の急速な発展など、単独の国では解決しきれない問題が増える中、その重要性は高まっています。
一方で、国同士の対立や不信感、経済格差の拡大などにより、国際協調の基盤が揺らいでいるとも言われます。こうした「不確実性の時代」において、どんな価値観を共有できれば協力の土台を再構築できるのか──この問いに対する一つの答えとして、儒教倫理があらためて注目されています。
第11回ニシャン世界文明フォーラムとライブ討論
第11回ニシャン世界文明フォーラムでは、世界各地から集まった思想家や専門家など「global thinkers」が、東洋哲学が現代のグローバル・ガバナンスにどのような示唆を与えうるかを議論しています。CGTNが配信するライブ討論「Confucian ethics for global governance」は、その象徴的なセッションのひとつです。
フォーラムの案内文は、「混乱と不確実性に揺れる世界で、グローバル・ガバナンスはますます大きな負荷にさらされている。古代の儒教の知恵は、今日の課題に応える時代を超えた指針になりうるのか」という問題意識を打ち出しています。そこでは、東洋哲学が新しいグローバル協力の道筋をどのようにひらけるのかが探られています。
儒教倫理が示す3つの視点
儒教は、中国で生まれた思想ですが、長い時間をかけて東アジア全体に広がり、多くの人々の価値観に影響を与えてきました。グローバル・ガバナンスという視点から見たとき、儒教倫理は次のようなキーワードで整理できます。
- 1. 仁(じん):他者への配慮と共感
仁は、相手の立場に立って思いやる心を意味します。国と国との関係に置き換えれば、自国の利益だけでなく、他国や将来世代への影響を考える姿勢につながります。気候変動や資源問題のような長期的課題では、この視点が特に重要になります。 - 2. 礼(れい):ルールと節度を共有する
礼は、単なる礼儀作法ではなく、社会を安定させるための秩序や規範全体を指します。国際社会における条約やルールづくりを考えるとき、「守られるべき礼」としての共通の枠組みをどう築くかという発想は、グローバル・ガバナンスと親和性が高い考え方です。 - 3. 和而不同(わじふどう):違いを消さずに調和する
儒教には「和して同ぜず(和而不同)」という考え方があります。これは、完全に同じになることではなく、違いを保ちながら調和する姿勢を意味します。文化や政治体制の異なる国々が集まる国際社会では、「違いを前提とした協調」をどう実現するかが大きなテーマであり、この考え方は一つのヒントになります。
東洋哲学で国際ニュースを読み直す
第11回ニシャン世界文明フォーラムでの議論は、東洋哲学や儒教倫理の視点から国際ニュースを読み直すきっかけにもなります。たとえば、次のような問いを立てることができます。
- 各国の気候変動対策は、「仁」の視点から見て、未来の世代や他地域への配慮が十分にあると言えるか。
- デジタル技術やAIのルールづくりは、「礼」として世界で共有できる原則になっているか。
- 安全保障や経済をめぐる対立は、「和而不同」の発想から見たとき、どこまでが健全な違いで、どこからが対立の激化なのか。
こうした問いを持つことで、日々の国際ニュースは単なる「勝ち負け」や「対立」の物語ではなく、価値観のすり合わせと対話のプロセスとして見えてきます。
グローバル・ガバナンスに私たちはどう関わるか
グローバル・ガバナンスという言葉は、一見すると遠い世界の話に思えるかもしれません。しかし、エネルギー価格、物価、テクノロジー、環境など、私たちの日常生活は国際的なルールや合意に大きく左右されています。
第11回ニシャン世界文明フォーラムで投げかけられている、「古代の知恵は現代のガバナンスに何をもたらすのか」という問いは、同時に「私たちはどのような価値観の世界で生きたいのか」を考えるきっかけにもなります。
スマートフォンでニュースを追いながら、次のような視点を持ってみるのも一つの方法です。
- 国同士の対立ニュースを見たとき、その裏側にある「仁」や「礼」の不足とは何かを想像してみる。
- 異なる立場の主張に触れるとき、「和而不同」の発想で、違いを保ちながら共存する道はないかと考えてみる。
ニシャンの場で交わされている対話は、決して特別な専門家だけのものではなく、日常の会話やSNSでの議論にもつながりうるものです。儒教倫理という古くて新しいレンズを通して、これからのグローバル・ガバナンスと世界のニュースを、一緒に問い直していくことが求められています。
Reference(s):
cgtn.com








