ワシントンD.C.で抗議デモ 解雇された連邦科学者を支援 video poster
2025年2月19日(水)、ワシントンD.C.で、連邦政府の職員、とくに科学分野に関わる労働者の解雇に抗議する人々が街頭に集まりました。最新の解雇の波に異議を唱え、「科学者を沈黙させるべきではない」と訴える動きです。
2025年2月、ワシントンD.C.で起きた抗議デモ
今回の抗議は、米連邦政府の職員の中でも、研究者や技術者など科学コミュニティが解雇の対象になったことを受けて行われました。参加者たちは、職を失った科学者やその家族への連帯を示すとともに、解雇の理由や手続きの透明性を求めました。
デモが首都ワシントンD.C.で行われたことは、単なる労働問題ではなく、国家レベルの政策や価値観に関わる問題だというメッセージでもあります。連邦政府の仕事は、国内外の安全保障から環境政策まで幅広い分野に及びますが、その土台には科学的な分析やデータが欠かせません。
なぜ科学コミュニティへの解雇が注目されるのか
民間企業であれ公的機関であれ、人員削減は珍しいことではありません。しかし、連邦政府の科学者がまとまって解雇される場合、そこには単なるコスト削減以上の意味が読み取られがちです。
- 特定の政策に合わないデータや分析が軽視されているのではないか
- 科学的根拠よりも短期的な政治判断が優先されているのではないか
- 公務員としての中立性や専門性が守られていないのではないか
今回ワシントンD.C.の街頭に立った人々も、こうした懸念を共有していると考えられます。科学者の解雇は、研究者個人のキャリアだけでなく、社会全体の知る権利や政策の質にも影響するからです。
科学と政治、そのあいだにいる公務員
連邦政府で働く科学者は、大学や企業の研究者とは少し違う役割を担っています。彼らは、政治的な決定を支えるためのデータや分析を提供しつつ、自身は特定の政党や立場から距離を保つことが求められます。
こうした中立な専門家が職を追われる出来事が続くと、次のような連鎖も懸念されます。
- 官庁で働こうとする若い研究者が減り、人材が集まりにくくなる
- 残された職員が、政治的圧力を恐れて率直な意見を出しづらくなる
- その結果として、長期的な視点に立った政策立案が難しくなる
科学と政治の距離感をどう保つかは、多くの国で共通の課題です。ワシントンD.C.での抗議デモは、その課題がいまも続いていることを象徴的に示していると言えるでしょう。
日本の私たちにとっての意味
今回のニュースは、一見すると遠い国の公務員人事の話に聞こえるかもしれません。しかし、専門知と政治判断の関係という点では、日本も無関係ではありません。
新型感染症への対応、気候変動、防災、エネルギー政策など、科学的な知見が不可欠なテーマは日本にも数多くあります。そのとき、専門家が自由に意見を述べ、データに基づいて議論できる環境が整っているかどうかは、私たちの暮らしに直結する問題です。
ワシントンD.C.で解雇された連邦政府の科学者を支援する声は、科学を守ることは民主主義と生活を守ることでもある、というメッセージとして受け止めることができます。今回の抗議をきっかけに、科学と政治の関係を、自分の身の回りの問題として考えてみるタイミングかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com







