トランプ米大統領、9.11追悼式でチャーリー・カーク氏を追悼
米国で9月11日の同時多発テロから24年となる追悼行事が行われ、トランプ米大統領が右派活動家チャーリー・カーク氏の死を悼み、米国最高の民間人叙勲である大統領自由勲章を死後に授与すると表明しました。9.11の記憶と、銃撃で命を落とした保守系活動家への追悼が重ね合わされた形です。
ペンタゴンでの追悼式 「世代の巨人」「自由の擁護者」
トランプ大統領は、米国防総省本庁舎ペンタゴンで行われた9.11追悼式の冒頭で、チャーリー・カーク氏に言及しました。ペンタゴンは2001年のアルカイダによる攻撃の標的のひとつとなった場所で、20年余りにわたる紛争の出発点ともなった象徴的な施設です。
トランプ氏は、カーク氏を「その世代の巨人」「自由の擁護者」とたたえ、若い世代の保守系活動家として果たしてきた役割を強調しました。9.11の犠牲者を追悼する場で、別の暴力による犠牲者となったカーク氏の名前をあえて挙げたことは、式典全体のトーンにも影響を与えています。
大統領自由勲章を死後授与へ
トランプ大統領は同じ演説の中で、カーク氏に大統領自由勲章を死後に授与する方針を明らかにしました。この勲章は「米国最高の民間人向け栄誉」とされ、社会や国家への貢献が特に大きい人物に贈られます。
大統領に近い政治的盟友にこの勲章を与える決定は、支持層へのメッセージという側面も持ちます。一方で、9.11の追悼とセットで発表されたことで、「暴力に屈しない」「犠牲者を忘れない」という物語の中にカーク氏の死が組み込まれた形にもなっています。
ヘグセット国防長官「あなたも決して忘れられない」
同じ式典で演説したヘグセット国防長官も、カーク氏に言及しました。同長官は、9.11の犠牲者に触れながら「9.11で命を落とした人々と同じように、あなたも決して忘れられることはない」と語り、カーク氏の死と9.11の記憶を重ね合わせました。
この言葉は、テロ攻撃の犠牲者と、政治イベント中の銃撃で命を失った活動家を、同じ「忘れてはならない存在」として位置づけるものであり、追悼の意味合いに加えて、政治的なメッセージ性もにじみます。
ユタ・バレー大学での銃撃 演説中に首を撃たれる
カーク氏は、トランプ氏の側近ともいわれる右派活動家で、今回の追悼式の前日、水曜日にユタ・バレー大学で演説中、首を撃たれました。その後、トランプ氏やヘグセット氏が公の場で「死を悼む」言葉を繰り返していることから、銃撃が致命的な結果をもたらしたことがうかがえます。
大学での公開イベント中に起きた銃撃という事実は、民主主義社会にとって大きな問いを投げかけます。政治的立場の違いにかかわらず、公開の場での言論や討論の場が暴力にさらされることは、社会全体の安全や自由に直結する問題だからです。
9.11から24年 記憶と分断のあいだで
9.11から24年が経った今も、米国にとってこの日が特別であることは変わりません。毎年の追悼式では、多くの場合「犠牲者を忘れない」「テロに屈しない」というメッセージが繰り返されます。
そこに、右派活動家の銃撃死という出来事が重ね合わされた今回の式典は、次のような問いを私たちに投げかけているようにも見えます。
- 暴力の犠牲者をどのように追悼し、記憶にとどめるべきか
- 政治的な立場の違いが激しくなる中で、追悼の場をどこまで政治と切り離せるのか
- 「自由」や「安全」といった価値を、社会としてどう守り直していくのか
トランプ氏がカーク氏を「自由の擁護者」と呼んだことは、9.11以降続いてきた「安全と自由のバランス」というテーマとも響き合っています。
読者に突きつけられる問い
今回の出来事は、アメリカ政治の内側で起きたニュースであると同時に、民主主義社会が抱える普遍的な課題も映し出しています。
- 意見の違う相手と、どのように対話し、対立を乗り越えていくのか
- 政治的な信条と関係なく、暴力そのものをどう否定し、抑止していくのか
- 大きな悲劇から時間が経ったあとも、社会はその記憶とどう付き合い続けるのか
9.11から24年という節目に重なったチャーリー・カーク氏の死をめぐる動きは、米国だけでなく、私たち自身の社会のあり方を考えるきっかけにもなり得ます。ニュースとして事実を追うと同時に、その背景にある価値観や選択について、一人ひとりが静かに考える時間を持つことが求められているのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








