コロンビアで進む女性への暴力対策 フェムサイドと闘う現場から video poster
女性や少女への暴力は、2025年の今も続く世界的な危機です。その一方で、南米コロンビアからは、女性への暴力を減らすための取り組みに前進が見られるという報告が届いています。現地を取材した特派員のミシェル・ベゲ氏は、フェムサイド(女性であることを理由とした殺害)やジェンダーに基づく暴力と闘う中で、確かな進展の証拠があると伝えています。
世界的な危機としての女性への暴力
女性や少女に対する暴力は、地域や文化を問わず世界中で起きており、依然として深刻な人権問題です。家庭内暴力、性的暴行、ストーキング、ハラスメント、そして最も極端な形としてのフェムサイドなど、その形態は多岐にわたります。
今回の国際ニュースが示すのは、この「世界的な危機」のただ中にあっても、変化を起こそうとする動きが実際に成果を上げつつある地域が存在するということです。その一つがコロンビアだと、現地特派員の報告は示唆しています。
コロンビアから届いた前向きな「証拠」
ミシェル・ベゲ氏は、コロンビア各地で行われている女性への暴力対策を取材し、フェムサイドやジェンダーに基づく暴力と闘う取り組みに前進の証拠が見られると伝えています。
具体的な数字や制度の細部は報告の中でさまざまですが、少なくとも次のような点で変化が確認されていると考えられます。
- フェムサイドを重大な犯罪として捉え、処罰を強化しようとする流れがあること
- 被害を受けた女性が支援につながりやすくなるような取り組みが進んでいること
- 街頭や学校、メディアなどを通じて、女性への暴力を容認しないという社会的なメッセージが広がりつつあること
こうした変化の積み重ねが、「暴力は仕方がないもの」という空気を少しずつ崩し、女性に対する暴力そのものを減らしていく力になっているとみられます。
フェムサイドとは何か
今回の国際ニュースで鍵となる言葉がフェムサイドです。フェムサイドとは、女性であることや、女性としての役割を理由に命を奪われることを指し、単なる殺人ではなく、ジェンダーに根ざした暴力として位置づけられます。
例えば、パートナーによる長年の暴力の末に起きる殺害や、「女性はこうあるべきだ」という固定観念を背景とした殺害などが、フェムサイドとして議論されてきました。コロンビアのようにフェムサイドとジェンダーに基づく暴力を正面から問題化することは、社会に深く根付いた差別や偏見を問い直すことにもつながります。
前進の意味をどう受け止めるか
コロンビアで見られている前進は、世界全体から見れば部分的で、まだ道半ばかもしれません。それでも、現場から「進展の証拠」が報告されることには、大きな意味があります。
- 変化は起こりうる:深刻な暴力が続いてきた地域でも、取り組み次第で状況を改善できるというメッセージになります。
- 法制度と文化の両方が重要:フェムサイドやジェンダーに基づく暴力と闘うには、法律だけでなく、日常の価値観や態度の変化が欠かせないことが浮かび上がります。
- 被害者の声が政策を動かす:多くの場合、変化の背後には、声を上げた被害者や支援団体、市民社会の粘り強い活動が存在すると考えられます。
「状況は変わらない」と感じてしまいがちなテーマだからこそ、コロンビアからの報告は、世界のほかの地域にとっても希望の材料になり得ます。
日本と世界の読者への示唆
日本に暮らす私たちにとっても、コロンビアの事例は無関係ではありません。女性への暴力やジェンダーに基づく差別は、形こそ違えど、多くの国や地域で共通する課題だからです。
コロンビアのように、フェムサイドやジェンダーに基づく暴力と向き合う動きが成果を上げつつあるとすれば、他の国や地域も、そこから学べる点があるはずです。たとえば、
- 被害を受けた人が安心して相談できる環境づくり
- メディアや教育現場での継続的な啓発
- 加害行為を見過ごさない市民一人ひとりの姿勢
といった要素は、多くの国で共通する鍵になり得ます。
読者が考えたい3つの視点
この国際ニュースをきっかけに、次の3点を自分ごととして考えてみることもできそうです。
- 身近な言動:自分の周りで、何気ない言葉や行動が、女性への暴力や差別を正当化していないか。
- 情報との向き合い方:女性への暴力やフェムサイドに関するニュースを「遠い国の話」で終わらせていないか。
- 話題にすること:家族や友人、職場、オンラインコミュニティで、このテーマについて話すきっかけをつくれているか。
暴力を減らす取り組みは、法制度や政策だけでは完結しません。コロンビアからの前向きな報告は、一人ひとりの意識と行動の変化が積み重なれば、世界のどこでも現実を変えうるということを示しているようにも見えます。
女性や少女への暴力が続く中で見え始めた「進展の証拠」。その意味を考えることは、日本を含む世界の社会をより安全で公平なものにしていくための、一歩目になるのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








