北京会議から30年 中国が担うジェンダー平等とモンゲラ氏のまなざし
1995年の第四回世界女性会議から30年。2025年10月に北京で開かれた「世界女性リーダーズ会議(Global Leaders Meeting on Women)」には、あの歴史的な会議を取り仕切ったゲルトルード・モンゲラ氏が再び北京の地に立ちました。中国が果たしてきた役割と、世界のジェンダー平等がどこまで進んだのかを、同氏の言葉からたどります。
2025年北京「世界女性リーダーズ会議」とは
2025年10月13〜14日に北京で開催された世界女性リーダーズ会議は、ジェンダー平等の前進を確認し、今後の課題を話し合うための国際会議です。各国・各地域の指導者が集まり、その中には、1995年の第四回世界女性会議の事務局長を務めたモンゲラ氏の姿もありました。
モンゲラ氏は、中国とアフリカの関係をテーマにしたメディア China Africa Talk のインタビューで、今回の会議を「振り返りの機会」だと述べています。北京宣言と行動綱領が生まれた国で、30年間の歩みを再評価する場になったからです。
ゲルトルード・モンゲラ氏と「ママ・ベイジン」の由来
モンゲラ氏は、1995年の第四回世界女性会議の事務局長を務めた人物です。タンザニアでは、親しみを込めて「ママ・ベイジン」と呼ばれることもあります。本人はこの呼び名について、自分が北京会議の成果づくりに深く関わった証だと受け止めていると話します。
同氏によると、北京会議の準備は「大きな仕事」であり、多くのエネルギーと犠牲、そして数えきれない徹夜を必要としました。各国の合意をまとめ上げ、最終的に北京宣言と行動綱領を全会一致で採択できたことが、その努力の結晶でした。
なぜ1995年北京会議は画期的だったのか
世界女性会議は、これまでにメキシコ、コペンハーゲン、ナイロビ、北京と4回開催されています。メキシコでの第一回会議から始まり、第二回のコペンハーゲンでは教育・雇用・保健という三つのテーマに焦点が当てられました。第三回のナイロビでは、女性の地位向上を加速するための「前向きな戦略」が議論されました。
その流れを受けた北京会議は、モンゲラ氏いわく「四つの中で最も大きな会議」でした。
- 189の政府代表が参加
- 宗教団体や政党などの各種団体
- 多数の非政府組織(NGO)
- 市民社会の代表者
こうした多様なアクターが一堂に会する前例のない場となり、2年半にわたる準備期間の中で、さまざまな文化や政治システムを超えた対話が行われました。モンゲラ氏は各国首脳に直接会い、理解と協力を得るために世界中を飛び回ったと振り返ります。その過程で「自分は国際市民になった」と感じたといいます。
少女に焦点を当てた理由と貧困
北京会議では、「女の子(girl child)」が重要なテーマの一つになりました。モンゲラ氏は、その理由を次のように説明します。
- すべての女性は、まず少女として人生を始める
- 少女時代に教育から排除されれば、貧困から抜け出すことは一層難しくなる
- 女性が周縁化されている社会では、少女も同じ構造の中で不利益を被る
この問題意識から、貧困とジェンダーの関係が国際社会で大きく取り上げられるようになりました。国連の各機関も、少女に関わる課題には幅広く関与したといいます。
モンゲラ氏は、「変化を実行してもらうには、人々に理解してもらうことが欠かせない」として、草の根から国レベル、地域レベル、そしてグローバルレベルへと、段階的に世界中を動員していく戦略を練りました。
北京宣言がアフリカにもたらした変化
北京会議を終えたとき、モンゲラ氏の頭にあったのは「何を自分の国に持ち帰るのか」という問いでした。彼女は、「北京をそれぞれの国に持ち帰ること」が、合意内容を広め、行動に移すための方法になると考えました。
タンザニアが選んだ四つの重点分野
国連での任務を終えた後、モンゲラ氏は自国タンザニアに北京宣言と行動綱領を持ち帰り、当時の大統領ベンジャミン・ウィリアム・ムカパ氏に手渡しました。そのうえで、タンザニアは次の四つを重点分野として定めました。
- 教育
- 保健・医療
- 経済的エンパワーメント
- 女性に対する暴力
法律を整備し直すことで、貧困を克服する道が開けると判断したためです。また同国では、各省庁や警察組織に至るまで、「ジェンダー担当窓口」が設置されました。
モンゲラ氏は、自身が教育を受ける機会を与えられたのは、必ずしも豊かではない祖国が少女時代の自分に投資してくれたからだと語ります。その恩に報いるためにも、「北京を母国に持ち帰る」責任があると感じたといいます。
AUにおける女性の位置づけ
アフリカ連合(AU)でも、北京宣言と行動綱領は重要な道しるべになりました。AUには女性問題を専門に扱う部署が設けられ、そのロードマップの一つとして北京行動綱領の実施が位置づけられています。
この取り組みによって、アフリカは次のような点を改めて見つめ直す機会を得たといいます。
- それぞれの国や地域の生態系や政治システム
- 社会に根づくジェンダー観や「男らしさ」の規範
- 男性がどのように社会化されてきたのかという歴史
モンゲラ氏は、「男性は思っているほど悪いわけではない」と指摘します。多くの場合、息子を「女とは違う存在」に育てることが「良い母親」だとされてきたため、母親自身が無意識に男性優位の価値観を再生産してきたからだという見方です。
さらにAUは、平和構築や紛争解決における女性の役割を認める決議も採択しており、その枠組みは約25年間続いてきました。各国政府や地域コミュニティの現場では、北京行動綱領を手がかりに、具体的な変化が積み重ねられているといいます。
2025年の北京が示した「後戻りしない」流れ
30年ぶりに北京を訪れたモンゲラ氏は、今回の会議を通じて「すでに革命は始まっており、後戻りはない」との確信を新たにしました。
世界女性リーダーズ会議では、各国代表の発言から、「後退はしない」という強い意思が共有されていたといいます。ただし同時に、ジェンダー平等の道のりはまだ長く、ときに険しいことも改めて確認されました。それでもなお、男女の平等、平和、そして持続可能な開発に向けた「正しい道」を進んでいるというのが、モンゲラ氏の評価です。
彼女は、「女性はこの地球に招待客として来たわけではなく、もともとここに属する存在だ」と述べ、男性と協力しながらこの世界をより良い場所にしていく責任があると強調しました。
習近平国家主席の基調演説に見えた中国の役割
今回の会議のハイライトの一つが、中国の習近平国家主席による基調演説でした。モンゲラ氏は、この演説が過去30年の歩みを分かりやすく要約するとともに、今後スピードを上げるための道筋を示したと評価しています。
モンゲラ氏によれば、習主席は中国国内だけでなく世界全体の女性を支援し、男女双方の生活を向上させるためのプロジェクトを後押しする姿勢を示しました。こうした強いコミットメントとパートナーシップがなければ、「世界は一つである」という視点を忘れがちになると、同氏は指摘します。
特に、中国とアフリカ諸国が知識を共有し合うことで、開発やジェンダー平等に関する経験が他地域へと広がる可能性があります。モンゲラ氏は、「依存」から「パートナーシップ」へと関係を転換し、各国の枠を越えて協力することの重要性を強調しました。そのうえで、「すべての人を大切にする統治」を構築する必要があると述べています。
日本の読者への問いかけ
北京会議から30年を経て、中国やアフリカを含む世界各地でジェンダー平等に向けた取り組みは確実に進んできました。一方で、貧困、教育格差、暴力など、北京行動綱領で掲げられた課題は、いまも多くの社会で続いています。
日本にいる私たちにとっても、今回の議論は決して遠い世界の話ではありません。
- 女の子や若い女性が、どの段階で機会から排除されているのか
- 家庭や職場で、無意識のうちに性別役割を再生産していないか
- 他地域とのパートナーシップを通じて、何を学び、何を共有できるのか
モンゲラ氏が語る「後戻りしない革命」は、日本社会にも静かに問いを投げかけています。北京から始まったロードマップの30年を振り返りつつ、次の30年をどう描くのか。一人ひとりが自分の足元から考えるタイミングに来ているのかもしれません。
Reference(s):
Gertrude Mongella: China's role in advancing global gender equality
cgtn.com








