米国で「No Kings」抗議デモ 2600超の集会が訴えたもの video poster
2025年10月18日、アメリカ各地で「No Kings(ノー・キングス)」と呼ばれる大規模な抗議デモが一斉に行われ、ドナルド・トランプ大統領の政権運営への懸念が、数百万人規模で可視化されました。
2600超の集会が同日に全米で開催
この日、アメリカでは都市部だけでなく、地方都市や郊外のコミュニティに至るまで、全国でおよそ2600件以上の集会やデモが計画されたと報じられています。参加者は、共通のスローガンとして「王様はいらない」という意味を込めた「No Kings」を掲げ、民主主義のあり方を問い直そうと呼びかけました。
「No Kings」運動が焦点を当てる3つの不安
この「No Kings」運動は、トランプ政権の下で進んでいると参加者がみなしている「権威主義的な方向へのシフト」に正面から異議を唱えるものです。具体的には、次のような点が強く問題視されています。
- 大統領の周辺に権力が集中し、政治権力のバランスが崩れているのではないかという懸念
- 移民に対する強硬で攻撃的な対応が、弱い立場にある人びとを追い詰めているのではないかという不安
- 連邦政府による強制的な執行措置が、アメリカ社会で共有されてきた民主的なルールや慣行を損ないつつあるのではないかという危機感
運動の参加者たちは、こうした懸念を「一人の指導者に過度な権限が集まり、事実上の『王』のような存在になってしまうのではないか」というイメージと重ね合わせています。その不安が「No Kings」というシンプルな言葉に凝縮されていると言えます。
名前が示すメッセージ ― 「王のいない政治」を守れるか
「No Kings」というフレーズには、強い権力を一人に集中させないという発想が込められています。参加者の目には、現在の政権運営が、その原則から離れつつあるように映っているのです。
抗議に参加した人びとは、トランプ政権の政策に賛成か反対かという一点だけでなく、「どこまで権力を集中させてよいのか」「少数派や移民の権利をどう守るのか」といった、より長期的な民主主義のテーマを問い直そうとしています。
アメリカ政治をめぐる論点整理
今回の「No Kings」運動からは、次のような論点が浮かび上がります。
- 大統領権限と民主的チェック:安全保障や移民管理の名の下に、どこまで権限を拡大してよいのか。
- 移民政策と人権:厳格な対応と、人間としての尊厳や法の下の平等をどう両立させるのか。
- 連邦政府と地域社会の関係:連邦レベルの強い執行措置が、地方自治や市民社会の声を押し流していないか。
こうした問いは、アメリカ国内だけでなく、世界各地の民主主義国が直面している共通のジレンマとも重なります。だからこそ、この運動は一つの国内ニュースにとどまらず、国際ニュースとしても注目されています。
日本から見る「No Kings」運動
日本の読者にとって、遠く離れたアメリカの抗議デモは、一見すると自分たちの日常から離れた話に感じられるかもしれません。しかし、権力の集中や移民・少数派の扱い、法の支配のあり方をめぐる議論は、日本社会にとっても他人事ではありません。
たとえば、
- 強いリーダーシップと民主的な監視とのバランスをどう取るか
- 安全保障や治安対策と、個人の権利・自由との線引きをどこに置くか
- SNS時代に、市民がどのように声を上げ、政治に影響を与えうるのか
といった論点は、日本でも繰り返し議論されているテーマです。アメリカで起きた「No Kings」運動をたどることは、自国の政治や社会を見直す鏡にもなりえます。
これから議論すべきこと
2025年10月18日の抗議デモは、一日限りのイベントで終わるものではなく、アメリカの民主主義が今どこに向かおうとしているのかを問いかける象徴的な出来事となりました。トランプ政権の支持者と批判的な人びとが、どのようなかたちで対話し、ルールを共有していくのかは、今後も注視されるテーマです。
私たちが国際ニュースを日本語で追うとき、単に「賛成か反対か」を決めるためではなく、「なぜこのような動きが起きているのか」「自分の社会ならどうだろうか」と一度立ち止まって考えてみることが、次の一歩につながるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








