フロリダ「リトル・ベネズエラ」で高まる不安 米の対ベネズエラ緊張 video poster
米国フロリダ州の都市ドーラル、通称「リトル・ベネズエラ」で、ワシントンとカラカスの緊張が住民の日常に影を落としています。遠く離れた祖国への軍事的圧力が、なぜフロリダの街の空気まで変えているのでしょうか。
南フロリダの「リトル・ベネズエラ」とは
南フロリダにあるドーラルは、ベネズエラからの移住者や亡命者が多く暮らす街で、「リトル・ベネズエラ」とも呼ばれています。スペイン語が飛び交い、レストランや商店にはベネズエラの国旗や料理が並び、祖国を離れた人びとのコミュニティが形作られています。
多くの人にとって、ここは「第二の故郷」であると同時に、祖国の政治的緊張や不安定さを常に意識せざるをえない場所でもあります。特に2025年現在、ワシントンがカラカスへの軍事的圧力を強めるなかで、その影響はドーラルの空気にも色濃く表れています。
ワシントンの軍事圧力がもたらす見えない不安
米国がベネズエラ政府に対する軍事的・外交的な圧力を強めるとき、ドーラルの住民にとってそれはニュースの中だけの出来事ではありません。多くが家族や友人をベネズエラに残しており、緊張の高まりは、直接的に「大切な人たちの安全」と結びつきます。
住民たちが感じている不安は、例えば次のような形で表れています。
- ベネズエラに残る家族や友人が、軍事的緊張の高まりに巻き込まれないかという心配
- 米国とベネズエラの関係悪化が、ビザや移民制度など自身の法的地位に影響しないかという不安
- 祖国との往来や送金が制限され、家族への支援が難しくなるのではないかという懸念
- ベネズエラ出身というだけで、米国内での偏見や誤解が強まるのではないかという怖れ
こうした不安は目に見えにくいものですが、学校や職場、飲食店での会話、SNSでの投稿など、地域の日常のあらゆる場面ににじみ出ているといわれます。
日常会話が国際政治とつながる街
ドーラルでは、朝のカフェでの会話が自然とベネズエラ情勢に及びます。最新のニュースを確認し合い、親戚の無事を報告し合うことが、ほとんど日課のようになっている人も少なくありません。
ワシントンの動きが報じられるたびに、「これで事態は改善に向かうのか、それとも悪化するのか」「次に何が起きるのか」といった議論が交わされます。国際政治のニュースが、そのまま自分と家族の人生に直結しているからです。
一方で、あえてニュースから距離を置こうとする人もいます。緊張した情報に日々触れ続けることが精神的な負担になり、「子どもたちの前では、できるだけ普通の生活を見せたい」と考える親もいます。
現地から伝えられる声
現地を取材したCGTNのNitza Soledad Perez記者は、こうした「見えない緊張」を丁寧に拾い上げています。彼女のレポートによれば、ドーラルのベネズエラ系住民の多くは、祖国の未来と自らの暮らしの両方を案じながら、複雑な感情を抱えて日々を送っています。
祖国で起きていることに目を向け続けたいという思いと、日々の生活を守りたいという現実的な感覚。その間で揺れ動く心の動きが、インタビューの言葉の端々からにじみ出ているといいます。
日本の読者にとっての意味
遠い南米と米国の話のように聞こえるかもしれませんが、このニュースは日本の私たちにとっても他人事ではありません。世界各地で、政治的な緊張や対立が移民コミュニティや在外の人びとの暮らしに影響を与えているからです。
外国にルーツを持つ人びとにとって、国際ニュースは「どこか遠くの出来事」ではなく、「家族の安否」「自分の将来」「コミュニティの安全」と直結したテーマになりやすいことを、ドーラルの事例は示しています。
日本でも今後、海外にルーツを持つ人びとと共に暮らすことがより一般的になっていきます。そのとき、国際政治の緊張が、身近な友人や同僚の心の中でどのような不安や悩みにつながっているのかを想像することが、共に生きるための第一歩になるのかもしれません。
フロリダの「リトル・ベネズエラ」で生きる人びとの視点から国際ニュースを見つめ直すことは、私たち自身のニュースとの向き合い方を静かに問い直すきっかけにもなっています。
Reference(s):
Venezuelan community in Florida impacted by current tensions
cgtn.com








