EU(欧州連合)が医薬品市場のルール改革で合意し、新しい抗生物質を開発した製薬企業により強い見返りを与える枠組みが動き出します。薬剤耐性(AMR)対策が急務となるなか、「必要だが採算が取りにくい」とされてきた抗生物質の研究開発を、制度面から後押しする狙いです。
何が決まったのか:EUの「ファーマ・パッケージ」改革
EU各国政府と欧州議会の交渉担当者は、医薬品規制の大規模な見直し(いわゆる「pharma package(ファーマ・パッケージ)」)で暫定合意に到達しました。改革は研究開発の促進に加え、医薬品供給の確保や患者の利便性向上も視野に入れたものです。
議長国を務めるデンマークのソフィー・ローデ保健相は、「優先度の高い抗生物質へのインセンティブを強化し、ライフサイエンス産業の手続きを簡素化し、必須医薬品の入手可能性を守る」と述べています。
保護期間の骨格:データ保護8年は維持、市場保護は2年→1年へ
今回の合意では、知的財産や独占に関わる扱いがポイントになります。現行ルールと同様に、臨床試験などのデータに対する「データ保護」8年(試験データの独占利用権)は維持されます。
一方で、後段の「市場保護」(後発医薬品=ジェネリックとの競争から守られる期間)については、2年から1年に短縮されます。
ただし条件付きで「最大11年」まで上積み
特定の医薬品については、追加で24か月の保護を上乗せでき、合計で最大11年のカバーが可能になります。対象として挙げられているのは、次のような薬です。
- 未充足の医療ニーズに対応する医薬品
- 現時点で治療法がない疾患に対する医薬品
- 新しく重要な臨床的ベネフィット(治療上の大きな改善)をもたらす医薬品
抗生物質の目玉策:「譲渡可能なバウチャー」で別の薬の保護も延長
今回の改革で最も注目を集めるのが、新しい抗生物質の開発企業に与えられる「譲渡可能なバウチャー」です。これは、開発企業が別の医薬品に対して12か月の市場保護延長という“ボーナス”を付与できる仕組みです(譲渡=他社に渡すことも可能)。
ただし、この延長を付けられる対象からは、年間売上が5億7400万ドル超の、いわゆる「ブロックバスター薬」は除外されます。
なぜ抗生物質なのか:薬剤耐性(AMR)が世界的に拡大
制度がここまで抗生物質に焦点を当てる背景には、薬剤耐性菌(いわゆる“スーパー・バグ”)の拡大があります。抗生物質が人・動物・食料分野で大量に使用されることで、細菌が薬に耐性を持ち、治療が効きにくくなる問題が深刻化しているとされています。
WHO(世界保健機関)によると、薬剤耐性は年間100万人超の直接死因となり、さらに約500万人の死亡に関与しているとされています。命を救う治療の効果が揺らぐだけでなく、軽微なけがや一般的な感染症が重症化しうるという点も、社会の不安を押し上げています。
包装に「耐性リスクの警告」も義務づけへ
今回の合意では、抗生物質のパッケージに薬剤耐性の拡大という脅威に関する警告を表示し、一般の認知を高めることも求められます。
患者の利便性と供給安定も:審査迅速化、欠品対策、QRコードで多言語ガイド
改革はインセンティブだけではありません。合意には次のような項目も含まれます。
- EMA(欧州医薬品庁)による新薬の販売承認審査(申請対応)の迅速化
- 製薬企業に対し、欠品(供給不足)を防ぐ計画の更新を要求
- すべての医薬品包装に、オンラインで参照できるデジタル版の説明書へつながるQRコードを表示(患者が希望言語で読めるように)
日常的にスマホで情報へアクセスする人が増える中、説明書の「紙からデジタルへ」の動きは、国境をまたぐ医療利用の現実にも寄り添う設計と言えそうです。
今後の流れ:合意は「暫定」、正式採択はこれから
今回の合意は暫定で、EU加盟国を代表する欧州理事会(European Council)と、欧州議会による正式な承認を経て、正式採択となります。2025年12月現在、制度の最終確定と実装プロセスが次の焦点になっています。
抗生物質の研究開発を「社会に必要なもの」として支える一方で、市場保護の設計は薬価や医療財政、後発医薬品の参入時期にも影響します。AMR対策と医薬品アクセスのバランスを、EUがどこに置くのか。今回の改革は、その調整を制度として具体化する一歩になりそうです。
Reference(s):
EU to reform pharma market rules – to reward antibiotic innovation
cgtn.com







