2025年アフリカの大きな喪失 指導者や文化人をどう記憶するか
2025年も終わりに近づくいま、アフリカ大陸ではこの一年を通じて相次いだ訃報が静かに振り返られています。政治の巨人から文学のレジェンド、道を切り開いたアスリートや科学者、文化の先駆者まで、多くの人びとがこの世を去りました。その喪失は国境を越えて共有され、世代をまたいで語り継がれています。
彼らはそれぞれの分野で、国家のかたちをつくり、物語を紡ぎ、若い世代に新しい可能性を示してきました。2025年は、そうしたアフリカの「顔」とも言える存在をいくつも見送った年でもあります。本稿では、個々の名前を挙げることよりも、その歩みがどのような意味を持ち、いま何を私たちに問いかけているのかを見つめます。
国を形作った政治指導者たち
「国を形作った」と呼ばれる政治指導者たちの死は、2025年のアフリカを象徴する出来事の一つでした。彼らの多くは、長年にわたって国家建設や制度づくり、地域の安定に関わり、支持と批判の両方を受け止めながら、政治の前線に立ち続けてきた人びとです。
彼らの姿は、次のような断片として、人々の記憶に残っています。
- 権力の座を退いた後も、市民社会や若い政治家に影響を与え続けた指導者
- 内戦や社会の分断を経験しながらも、対話と和解の道を模索し続けた調整役
- 地域機構や国際会議で、アフリカの課題と可能性を世界に伝えようとした外交の顔
彼らがいなくなったあと、政治の現場には世代交代の波がさらに押し寄せています。一方で、その功績や過ちをどう評価し、どの部分を受け継ぎどの部分を乗り越えるのかという議論も続いています。指導者の死は、単なる「終わり」ではなく、政治文化そのものを見直すきっかけにもなっているようです。
物語を紡いだ文学者と文化の担い手
文学や芸術の世界もまた、この一年で大きな星を失いました。アフリカ各地の言語で物語を紡いできた作家や詩人、舞台や映画、音楽を通じて社会の姿を映し出してきた文化の担い手たちです。
彼らは、植民地支配や紛争、都市化、移民といったテーマを、それぞれの土地の日常のことばで描き出してきました。読者や観客は、彼らの作品を通じて、自分たちの暮らしを別の角度から見つめ直し、ときに遠く離れた地域の現実を知るきっかけも得てきました。
2025年の訃報は、アフリカ文学やカルチャーの豊かさが、まだ十分に世界に伝わりきっていないことも改めて示しました。作品や演奏、映像のアーカイブをどう守り、次の世代がアクセスしやすい形で残していくのか。喪失の痛みとともに、そんな課題も浮かび上がっています。
未来を切り開いたアスリートと科学者
スポーツと科学は、一見すると遠い世界のようでいて、どちらも未来への希望を象徴する分野です。2025年に亡くなったアスリートや科学者たちは、その最前線で新しい道を切り開いてきた存在でした。
国際大会で活躍し、アフリカ出身の選手が世界の舞台で当たり前のように見られるようになった背景には、先駆者たちの努力があります。彼らは記録やタイトルだけでなく、「自分もできるかもしれない」という感覚を多くの若者にもたらしました。
科学者たちは、研究室や現場で、知識と社会をつなごうとしてきました。自然環境や健康、技術革新など、さまざまなテーマに取り組みながら、「アフリカ発」の知見を世界に届けようとしていた人も少なくありません。その歩みが途絶えたことは、研究コミュニティにとっても大きな痛手です。
喪失の年をどう受け止めるか
こうして振り返ると、2025年のアフリカは、政治、文化、スポーツ、科学といった分野で象徴的な存在を相次いで失った一年だったと言えます。同時に、その喪失を通じて、「誰を英雄として記憶し、どのような物語として語り継ぐのか」という問いも突きつけられています。
過去の演説や本、試合の映像、研究成果は、これからも何度も参照されるでしょう。デジタルアーカイブやオンライン配信の広がりによって、別の国や世代の人びとも、これらの遺産に触れやすくなっています。距離や時間を超えて記憶を共有できることは、喪失の痛みを少し和らげると同時に、新しい対話を生み出すきっかけにもなります。
2025年12月のいま、アフリカ各地で語られているのは、「誰がいなくなったか」だけではありません。「その人が何を残し、自分たちはそこから何を学ぶのか」。静かな問いかけに耳を澄ませることが、喪失の年を越えていくための一つの手がかりになりそうです。
Reference(s):
The big losses: Remembering Africa’s leading figures in 2025
cgtn.com








