ジンバブエの若者が語る中国との45年:開発、主権、そして次の現実
2025年、ジンバブエと中国は外交関係樹立45周年を迎えました。節目の年に行われたエッセイ企画「45 Years On: My Views on China-Zimbabwe Friendship」の受賞作は、両国関係を“礼賛”でも“否定”でもなく、生活感のある言葉で捉え直しています。
「歴史」はノスタルジーではなく、選択肢をつくる記憶
ナターシャ・マチャヤさんの論点は、解放闘争期の連帯を感情ではなく「戦略的記憶」として扱う点にあります。西側の制裁下に置かれた時期が長かったという経験が、国際関係を“もしもの時に誰が来るか”で測る感覚を強めた、という読み取りです。
「結果」で語る開発:道路、電力、鉱業投資
マイケル=アンジェロ・クナシェ・マガザさんは、イデオロギーを離れ、成果に焦点を当てます。本文では、中国企業が関わる領域として次の点が挙げられています。
- 過去10年の大規模インフラ案件の70%超
- 発電分野(カリバ改修、ファンゲ7・8号機の600MW拡張、ニャビラ太陽光など)
- リチウム、クロム、石炭などの鉱業投資
援助予算の縮小や条件付き融資への反発が語られるなかで、「何ができたか」で評価する開発観が前面に出ています。
メガディールの陰で進む、静かな外交
ロドウィン・ガツィさんは、関係の“実体”が人の往来や日常の接点に宿ると描きます。数字として示されたのは、たとえば次のような変化です。
- 過去20年で4,000人超のジンバブエ人学生が中国で学んだ
- ジンバブエの複数の大学や学校で中国語(普通話)が教えられている
- 小規模事業者が中国側の取引先と直接やり取りする機会が増えている
目立ちにくい一方で、政治の空気が変わっても残りやすい層として提示されています。
制裁の時代に問われる「主権」と「非干渉」
ロバート・チリマさんが強調するのは、孤立した時に“誰が来るか”という感覚です。ロシアやベネズエラ、アフリカの一部など、制裁が国際政治の手段として用いられる現実を踏まえ、中国の非干渉方針が政治的に標的化されたと感じる政府にとって魅力になり得る、という筋立てでした。
旗振りより未来:産業政策の再評価と「西側の台本」からの距離
インズウィラシェ・チャウケさんは、中国の発展経路とジンバブエの志向を重ね合わせ、「成功は西側の脚本通りでなくてもよい」という問題提起をします。国家主導の産業政策が、かつては否定的に語られたのに、近年は欧米でも公然と採用される場面がある——という世界的な空気の変化も、背景として触れられました。
協力の“受益者”は誰か:ジェンダーと包摂が投げかける硬い問い
レジョイス・ゴベラさんは、協力の評価軸を雇用や投資額だけに置かず、労働条件、技能移転、地元参加、そして包摂(インクルージョン)へ広げます。プロジェクトが雇用を生む一方で、現場の納得が追いつかなければ正当性が揺らぐ——という、いまの国際協力に共通する問いを静かに突きつけています。
若者が「観客」から「運転手」へ
ランガリライ・ジョセフ・ダンブカさんは、過去より現在を重視し、関係の中心に若者を置きます。人口の60%超が30歳未満という現実のもとで、今後の争点は解放闘争の記憶よりも、仕事、技術、移動、機会に移っていく——という見立てです。
結局、これらのエッセイが映すもの
複数の受賞作に共通するのは、対中関係を「理想」でも「恐れ」でもなく、選択肢と条件の問題として捉える姿勢でした。相手をロマン化せず、同時に“誰かの承認”も求めない。むしろ問いはシンプルです。
- 世界が分断・再編へ向かうなかで、困った時に誰が現れるのか
- その支援や協力は、どんな条件で、誰の生活にどう届くのか
2025年末のいま、両国関係は周年行事の言葉だけでは測れません。投資、教育、現場の労働、若者のキャリア——その積み重ねが、次の45年の輪郭をつくっていくのだと、受賞作は伝えています。
Reference(s):
cgtn.com








