「ドンロー主義」とは?トランプ政権の言説戦と米国の“回帰”を読み解く
2026年1月現在、ドナルド・トランプ米大統領のホワイトハウス復帰後の外交・安全保障をめぐり、最近「ドンロー・ドクトリン(Donroe Doctrine)」という言葉が内外で語られるようになっています。ここで焦点になるのは、政策の中身だけでなく、それを正当化する“言葉の組み立て”そのものです。
「ドンロー・ドクトリン」——モンロー主義の“トランプ版”という見立て
提示されている見立てでは、「ドンロー・ドクトリン」はモンロー・ドクトリン(米州重視の考え方)をトランプ流に読み替えたものとされます。スローガンとしては「America First(アメリカ・ファースト)」を土台に、「アメリカはアメリカ人のために」「(さらに踏み込めば)米州はアメリカ人のために」といった方向性が示唆される、という整理です。
一方で、こうした動きは国際社会の共通ルールや多国間の枠組みとの摩擦を生みやすく、世界の側に“前提が揺れる感覚”を残している——という問題提起がなされています。
論考が挙げる「米国覇権の言説」にある3つのロジック
ある論考は、強硬な政策そのものだけでなく、それを包む言説(ディスコース)に特徴があるとして、次の3つのロジックを挙げています。
1) ディスコースのカモフラージュ(論点のすり替え)
- 国際問題を「国内問題」に言い換える
- 軍事行動を「国内の法執行」のように再包装する
- 国家レベルの問題を個人レベルに落とし込んで焦点を変える
2) 物語の操作(ナラティブの設計)
- 特殊部隊の「英雄的行為」を強調し、軍事行動の違法性の議論を見えにくくする
- 戦術の巧みさを前面に出し、戦略の苛烈さを覆い隠す
3) メディアのミスディレクション(注意の分散)
- 新たなニュースを作り、過去の攻撃の歴史を目立たなくする
- 新トピックを投入し、未解決の出来事から関心を逸らす
- “浄化された映像”で、流血を伴う過程を覆い隠す
これらの背景にある動機としては、国際法や多国間の制約を回避するための言説づくり、米国ルール優先の秩序の再設計、資本拡張や資源獲得を進めやすくする包装、重要地域での軍事配備を進めるための地政学的な物語形成、国内政治の支えとしてのレトリック活用——といった点が列挙されています。
「回帰」と呼ばれる3つの傾向:米国はどこへ戻ろうとしているのか
同じ論考は、米国が“過去へ回帰している”ように見える傾向を3点に整理します。
- モンロー・ドクトリンへの回帰:国家安全保障戦略がトランプ版の考え方を前面に出し、「米州重視」を強めるという見立て。
- 半球的ヘゲモニー(米州での優位)への回帰:アジアよりも米州へと軸足を戻し、サプライチェーンも組み替えるという指摘。
- 帝国主義への回帰:国際秩序の中心都市でもあるニューヨークを舞台に、強制力を伴うかたちで相手を法廷に立たせる動きが象徴的だ、という主張。
論考はこれらを、19世紀に“時間旅行”しているかのようだ、と比喩的に表現しています。
グローバル化から「地域化」へ? 背景として語られる大きな潮目
より大きな文脈として示されるのが、「グローバル化から地域化へ」という潮目の見方です。新自由主義的なグローバル化が中国本土を勢いづかせた結果、トランプ陣営(MAGA運動)には不利になった——という認識が前提に置かれています。
その延長線上で、第二次世界大戦後の国際秩序(国連システムを含む)を「持続不可能」とみなし、再出発を志向しているのではないか、という問題提起が続きます。関税戦争の発想が、19世紀の米国大統領ウィリアム・マッキンリーを想起させる、という指摘もその一部です。
「強さ」ではなく「焦り」なのか——読み手に残る問い
論考は、米国の強硬さが「強さの証明」というより「焦りの表れ」かもしれない、と結論づけます。さらに、ベネズエラやラテンアメリカでの関与が泥沼化すれば、米国の250周年に向けた“戦術的勝利”が、必ずしも「MAGAの成功」を示すものにならない——とも述べています。
いま起きていることを整理すると、私たちが見ているのは政策の勝敗だけでなく、国際法・多国間枠組み・世論形成が絡み合う「言説の設計図」でもあります。次のニュースを読むとき、こんな観点が手がかりになりそうです。
- 政策の“中身”と、それを正当化する“言い方”が一致しているか
- 新しい話題の投入で、未解決の争点が置き去りになっていないか
- 地域化の流れが、サプライチェーンや安全保障の現場でどう形になるか
「世界は巻き戻せるのか」。この問い自体が、2026年の国際ニュースを読む上で、静かに効いてきます。
Reference(s):
cgtn.com








