イラン最高指導者ハメネイ師、米緊張下で「国民の結束」訴え
イランのアリ・ハメネイ最高指導者が2026年2月9日(現地時間)に演説し、2月11日の革命記念日に向けて国民の結束を呼びかけました。米国との緊張が高まる中、「敵を失望させる」ことが重要だと強調しています。
何が起きたのか:記念日直前のテレビ演説
ハメネイ師はテレビ演説で、革命記念日に合わせて予定される全国的な集会(行進)に触れつつ、国の力はミサイルや航空機といった装備以上に、「決意」と「抵抗」に支えられるという考えを示しました。
演説では次のような趣旨の発言も伝えられています。
- 「敵が失望しない限り、国家は迫害にさらされる」
- 「敵は失望しなければならない」
背景:米国との摩擦、軍事的圧力、そして核協議
今回の発言が注目されるのは、イランと米国の摩擦が強まっているとされるタイミングと重なるためです。報道された文脈では、米国の中東での軍事力増強や、テヘランへの継続的な威嚇が緊張感を押し上げているとされています。
一方で、2026年2月6日(現地時間)にはオマーンのマスカットで、イラン側と米国側の代表団による間接的な核交渉が行われたとも伝えられました。ただし「隔たりは大きい」とされ、合意の見通しは不透明です。
「行進」は何を意味するのか:国内結束の演出と対外メッセージ
ハメネイ師は、毎年の行進について「尊厳の表れ」であり、外国勢力がイランの内政に介入しようとする「野心」から退くことを迫る、といった趣旨で語りました。さらに、今年の記念日が「他の国々、政府、勢力」に対し、イランの人々への「慎みと敬意」を示す方向に働いてほしい、という期待も述べたとされています。
国際ニュースとして見ると、記念行事が単なる式典にとどまらず、国内の結束を再確認する場であると同時に、対外的な意思表示の役割も帯びやすい点がポイントです。
歴史の文脈:1979年革命と断交まで
記事が触れているように、1979年のイスラム革命は、親欧米の王政からイスラム共和国へと体制を転換させた大きな分岐点でした。ルーホッラー・ホメイニ師の下、聖職者、学生、世俗的な活動家などが加わった多様な勢力が、米国に支持されていたとされるモハンマド・レザー・パフラヴィー国王を打倒したと説明されています。
その後、1980年には、イランの人々がテヘランの米国大使館を占拠したことを受け、イランと米国は国交を断絶したとされています。
今後の焦点:記念日の熱量が交渉環境をどう変えるか
2月11日の大規模行事は、イラン国内の空気を引き締める契機になり得る一方、対米関係を含む外交局面では「強硬さ」と「交渉継続」をどう同居させるのかが焦点になります。マスカットでの協議が続くのか、そして双方の隔たりが縮まるのか。記念日の後に出てくる発信も含め、数日〜数週間の動きが注目されます。
Reference(s):
Iran's Khamenei urges national unity amid rising tensions with U.S.
cgtn.com








