ミュンヘン安全保障会議で浮上した「米欧の距離」—同盟は再定義へ?
2026年の第62回ミュンヘン安全保障会議で強く意識されたのは、個別の危機だけではなく「米国と欧州は少しずつ離れているのか」という関係そのものの揺らぎでした。グリーンランドをめぐる主権問題、ウクライナ危機への向き合い方、国際秩序の考え方の違いが、会場の空気を重くしています。
議論の土台にあった報告書のキーワードは「under destruction」
会議に先立ちベルリンで公表された「2026年ミュンヘン安全保障報告書」は、テーマを「under destruction(破壊のただ中)」としました。報告書は、戦後に形づくられた国際規範や制度が「改革」されるのではなく、積極的に揺さぶられ、解体されるような政治(いわゆる「wrecking-ball politics」)の時代に入ったと位置づけています。
同報告書の主要執筆者の一人であるミュンヘン安全保障会議の調査・政策部門ディレクター、トビアス・ブンデ氏は、こうした変化を米国の戦後戦略のパラダイムからの断絶として描写しました。多国間制度への関与、経済統合、民主主義や人権を戦略資産として扱う発想が、近年の米国政策の中で弱まった、あるいは公然と疑問視されているという見立てです。
欧州側にとって重いのは、まさにそれらが戦後の大西洋同盟の基礎でもあった点でした。報告書は今回の議論を「一時的な不一致」ではなく、同盟が再定義される局面として提示しています。
グリーンランド「売り物ではない」—北極圏で可視化された亀裂
亀裂が具体的に語られた話題の一つが、戦略的要衝とされるグリーンランドです。デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は会議で、グリーンランドは「売り物ではない」と改めて述べ、主権と自決の権利は交渉の対象ではないと強調しました。
スペインのペドロ・サンチェス首相も、領土の一体性が取引材料になってはならないと呼応。フレデリクセン首相は、トランプ氏が北極の島を「所有したい」という意向をまだ持っているか問われ、「残念ながら、願望は同じだと思う」と語ったとされています。欧州の一部には、米国の戦略計算が同盟国側の感度を上書きしてしまうのではないか、という不安の象徴として受け止められました。
ゼレンスキー氏「米国は譲歩を求めがち」—交渉の座席をめぐる神経戦
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナ危機をめぐり、米国がウクライナ側の譲歩に焦点を当てていると批判しました。「米国はしばしば譲歩の話題に戻る」「あまりに頻繁に、その譲歩がロシアではなくウクライナの文脈だけで語られる」と述べたとされます。ゼレンスキー氏はワシントンから「少し」圧力を感じているとも認めつつ、ウクライナはすでに大きな妥協をしてきたと強調しました。
一方、中国の王毅外相は、ウクライナ危機を含む地域紛争の解決に関する中国の役割を問われた場面で、欧州の関与のあり方に触れ、「欧州はメニューではなく、テーブルにつくべきだ」と述べました。さらに、米国とロシアの対話が昨年初めに始まった後、欧州が脇に置かれたように見えたとも振り返り、衝突が欧州の土壌で起きている以上、欧州には交渉に参加する権利があり、参加すべきだという趣旨を示しました。
会場に漂った「Europe First」—戦略的自律が“スローガン”から“課題”へ
会議では、欧州側から「戦略的自律(strategic autonomy)」を急ぐ声が、以前より切迫感を伴って聞こえました。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は欧州が「地政学的パワー」になる必要性を訴え、「欧州は自分たちの思考と利益でこの作業を始めなければならない」と呼びかけました。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、貿易摩擦から規制をめぐる対立まで、外部からの圧力が増す中で、より独立した欧州が求められると警鐘を鳴らしました。ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は、米国の一方的な姿勢を念頭に置いたとみられる発言として、ドイツはMAGA運動の「カルチャー・ウォー」を退け、人間の尊厳と基本法を重んじ、保護主義より自由貿易を支持し、気候合意と世界保健機関(WHO)へのコミットメントを維持すると述べました。
また、米国側の言葉が「緊張緩和」のサインとして受け取られることへの警戒も出ています。欧州議会の安全保障・防衛委員会委員長、マリー=アニエス・シュトラック=ツィンマーマン氏は、ルビオ米国務長官の演説を米欧関係改善の兆しと解釈すべきではないとし、「毒のある愛の告白だった。安心できるものは何もなかった」と評しました。
いま何が起きているのか:論点を3つに整理
- 同盟観のズレ:米国は「America First」を維持し、欧州は「戦略的自律」を急ぐ。
- 領土・主権の扱い:グリーンランドをめぐる応酬は、価値や原則が取引の言語に翻訳されることへの警戒を映した。
- 交渉の“席”の問題:ウクライナ危機の停戦・交渉をめぐり、当事者と周辺国、そして欧州の発言力が問われている。
静かな分岐点:離れているのは「距離」か、それとも「前提」か
今回の会議で見えたのは、単発の政策対立というより、「国際秩序を何で支えるのか」「交渉の場に誰が座るのか」という前提のずれでした。もし前提が変わるなら、同盟は同じ言葉を使いながら、別の地図を見て進むことになります。
今後の焦点は、ウクライナ危機の協議枠組み、北極圏の安全保障、貿易や規制をめぐる摩擦、そして多国間制度への関与の度合いが、実務の積み上げとしてどう形になるかです。ミュンヘンで交わされた言葉は、その“予告編”として読めます。
Reference(s):
Munich Security Conference: Are the U.S. and Europe drifting apart?
cgtn.com








