エプスタイン事件、死去から約6年:被害者が待つ「正義」と富の壁 video poster
米国で大きな性的人身売買事件として語られてきたジェフリー・エプスタイン事件。本人が拘束中に死亡してから約6年がたった今も、被害者の一部は「正義はまだ届いていない」と訴えています。焦点は、事件の周辺にいた人々が説明責任を果たすのか、そして富と権力がどこまで真相解明を難しくしてきたのか――という点です。
「終わった事件」になりにくい理由
報道によれば、被害者の中には、虐待が始まった当時に子どもだった人もいます。加害の中心人物がすでに亡くなっている場合でも、被害の回復や経緯の解明、関係者の責任の所在は自然に消えません。むしろ時間の経過は、証言の負担や、記録・証拠へのアクセスの難しさを増幅させます。
マイアミからの報告:富と権力が生む「見えにくさ」
マイアミで取材したニッツァ・ソレダ・ペレス記者は、事件が「米国史上最大級の性的人身売買事件の一つ」とされる一方で、エプスタインとつながりのある人々が富と権力によって守られてきた、と被害者側が感じている現実を伝えています。
ここでいう「守られる」とは、誰かが特定の人物を直接かばう、という単純な話に限りません。影響力の大きさが、結果として次のような“摩擦”を生むことで、被害者の側がたどり着きたい場所を遠ざけることがあります。
富と権力が働きやすい3つの場面
- 情報の非対称:専門家チームの厚みや手続きの複雑さが、被害者側の消耗につながりやすい
- 時間の壁:長期化が当事者の生活を圧迫し、声を上げ続けること自体が難しくなる
- 周辺の沈黙:関係者が多いほど、責任の輪郭がぼやけ、説明が後回しになりやすい
被害者が求める「正義」は、刑事だけではない
被害者が求める正義は、判決の有無だけで測れないことがあります。何が起き、誰が何を知り、どんな経路で被害が広がったのか。そうした経緯の説明や、謝罪、再発防止のための仕組みづくり、そして被害回復のための支援――複数の要素が重なります。
とりわけ、被害開始時に未成年だった人がいるとされる点は、事件を「過去のスキャンダル」に閉じ込めにくくします。子どもの被害は、その後の人生に長く影響するためです。
いまの注目点:何が可視化されるのか
被害者が「まだ終わっていない」と語る背景には、事件の周辺に残る未解決感があります。今後の焦点は、次のような点に集約されていきます。
- 関係者の説明責任:沈黙ではなく、何を知り、どう関与したのかが語られるのか
- 被害回復の道筋:支援や補償が、当事者の現実に届く形で進むのか
- 権力勾配の是正:強い側が有利になりやすい構造を、どこまで抑えられるのか
「富と権力が、正義への道を狭める」。被害者がそう感じる構図が見えたとき、問われるのは個人の罪だけではなく、社会が“声の大小”をどう扱ってきたか、なのかもしれません。
Reference(s):
Wealth and power stifles fight for justice for Epstein survivors
cgtn.com








