映画『The Wandering Earth II』に見る「和」と団結の精神 video poster
映画『The Wandering Earth II』は、故郷を決して捨てないという選択や、危機に立ち向かう集団の団結を通じて、儒教の中核にある「和」と「一体感」の精神を描いています。本稿では、その物語に込められたホームと集団主義の価値観を、2025年の今という時代からあらためて読み解きます。
故郷を捨てず、地球ごと旅に出るという発想
物語の中で、人類は故郷を見捨ててどこか別の惑星へ逃げるのではなく、地球そのものを宇宙の旅へ連れて行く道を選びます。この決断には、「ホーム」とは単に住む場所ではなく、人々が積み重ねてきた記憶や文化を含めた、かけがえのない共同体であるという視点がにじんでいます。
個人が自分だけの安全を優先して脱出するのではなく、地球という共通の基盤を守りながら生き延びようとする姿は、集団主義の価値観を象徴しています。危機の中でも「みんなで生き残る」ことを目指す発想は、単なる自己犠牲ではなく、長い時間軸で見たときに最も多くの人を守ろうとする選択とも読めます。
儒教が重んじる「和」と「一体感」
この作品には、儒教の理想として語られてきた「和」と「一体感」が色濃く反映されています。「和」は、対立を力で抑え込むことではなく、異なる考えや立場を調整しながら、全体として調和した状態を目指す姿勢を意味します。「一体感」は、個々の違いを消し去ることではなく、それぞれが役割を持ちながらも、同じ方向を向いて行動する感覚だと言えるでしょう。
人類が地球と運命を共にするという選択は、まさにこの二つの理想の表現です。個人や特定の国・地域だけが生き延びる道ではなく、全体としてどう生き延びるかを考える。そのとき、個人の幸せと人類全体の未来を両立させようとする「和」の発想が、物語の根底に流れています。
周喆直という名前に込められた敬意
作中に登場する周喆直という人物は、監督のフラント・グオが中学時代に出会った教師の名に由来するとされています。その教師は、若いころのグオ監督の心に儒教の古典の「種」をまいた存在でした。
このエピソードからは、作品世界に描かれた価値観が、監督個人の原体験と深く結びついていることがうかがえます。教室で触れた古典の言葉が、長い年月を経て、壮大な物語のテーマとして結実していく。その連続性こそが、伝統的な思想が現代の物語に生き続けるあり方を象徴しているようにも見えます。
周喆直というキャラクターは、単なるフィクションの登場人物であると同時に、師から弟子へ、そして観客へと受け継がれていく精神のバトンを体現しているとも言えるでしょう。
2025年の私たちへの静かな問いかけ
2025年を生きる私たちも、気候変動や社会の分断など、さまざまな不安や危機感の中で日々を過ごしています。そのとき、この作品が描く「ホームを捨てずに皆で守る」という姿勢は、次のような問いを投げかけてきます。
- 自分にとってのホームとは、地理的な場所だけでなく、どんな人間関係や記憶を含んだものなのか。
- 緊急時に、個人の自由と全体の安全をどう両立させるのか。
- 過去から受け継いだ思想や価値観を、未来に向けてどう生かしていくのか。
『The Wandering Earth II』が示すのは、派手なアクションだけではなく、人と人、人と世界との関係をもう一度見つめ直そうとする視線です。儒教の「和」の精神に根ざしたこの物語を味わい直すことで、自分にとってのホームや、他者とどう手を取り合うかについて、静かに考えるきっかけが得られるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








