アルプスの雪山が映す戦争とジェンダー ベネチア映画祭受賞作「Vermiglio」
2024年の第81回ベネチア国際映画祭コンペティション部門でグランプリを受賞したイタリア映画「Vermiglio」は、アルプス山脈の麓を舞台に、戦争の余波と父権的な家父長制のもとで生きる女性の選択を描いたドラマです。ヨーロッパ発の国際ニュースとしても注目を集めるこの作品を、日本語で分かりやすく整理します。
作品概要と基本情報
舞台は、氷に閉ざされたトレンティーノの山岳地帯です。やもめの羊飼いである父親が、3人の娘と家を鉄のような規律で支配しています。長女のルチアは、長らく行方不明だった夫が戦争を生き延び、イタリア南部のシチリアで暮らしているかもしれないと知ります。父の権威に逆らい、彼女は北の山から南の島へと、イタリアを縦断する旅に出ます。
しかし、旅の果てにルチアを待っていたのは、夫との再会ではなく、自分の夫の名が刻まれた墓標でした。夫は戦時中、別の女性と結婚していたことが明らかになります。村の噂話のなかでルチアは「恥をかかされた花嫁」と見なされ、その尊厳と心は今にも砕けそうな瀬戸際に追い込まれていきます。
- 監督:Maura Delpero(マウラ・デルペロ)
- ジャンル:ドラマ
- 製作国・地域:イタリア/フランス/ベルギー
アルプスをメタファーにする映像世界
アルプスは、豊かなブドウ畑の広がる谷から、神聖さすら感じさせる氷河地帯まで、歩を進めるごとに表情を変える特別な山岳地帯です。作品中のトレンティーノの山々もまた、その多層的な姿を見せます。
「Vermiglio」は、このアルプスを「自然の宮殿」のような存在として描きつつ、その季節ごとの変化を、時間の容赦ない流れや運命の循環性を象徴するキャンバスとして用いています。雪に閉ざされた山の孤立した風景は、登場人物たちの内なる孤独をいっそう際立たせます。
音楽ではなく山の音で紡ぐドラマ
多くの映画では、感情を盛り上げるために劇伴音楽が大きな役割を果たしますが、「Vermiglio」はその常識を意図的に外しています。センチメンタルな音楽の代わりに、アルプスの本物の音が前面に出てきます。
静かに降り積もる雪のきしむ音、谷を吹き抜ける風のうなり、氷が解けて落ちる水滴の透明な響き。こうした山の音が重なり合うことで、観客はまるで冬のアルプスに身を置いているかのような没入感を味わいます。外界の静けさと内面のざわめきが対比されることで、ルチアの孤独と葛藤がより強く伝わってきます。
ジェンダー抑圧と戦争の残響を見つめる
「Vermiglio」が高い評価を受けている理由の一つは、ジェンダー抑圧を鋭く描き出している点にあります。村の共同体は、ルチアに「恥をかかされた花嫁」という烙印を押し、噂話とまなざしによって彼女の存在を追い詰めていきます。
作品は、女性が「名誉」や「恥」といった言葉によってどのように管理され、沈黙を強いられてきたのかを淡々と、しかし容赦なく映し出します。同時に、戦争で引き裂かれた人間関係や選択が、終戦後も長く個人の人生に影を落とし続ける様子を、細やかな視線で追っています。
激動の時代の裂け目にあっても、なお自らの人生を選び取ろうとする女性を中心に据えた物語は、女性の視点から時代を描く叙事詩的なドラマとしても読むことができます。
2024年ベネチア国際映画祭での評価
この作品は、2024年に開かれた第81回ベネチア国際映画祭のメインコンペティション部門に選出され、グランプリに相当する審査員大賞を受賞しました。ヨーロッパの作家性の強い映画の中でも、知的な深みを持つ作品として位置づけられています。
アルプスの風景を時間と運命のメタファーとして用いる映像表現、自然音を中心に組み立てたサウンドデザイン、そしてジェンダー抑圧と戦争の残響を精緻に描く視点――こうした要素が組み合わさることで、「Vermiglio」は2024年のヨーロッパ映画シーンの中でも特に注目される一本となりました。
いま私たちが読み取れるもの
2025年の現在も、戦争の記憶やジェンダー不平等をめぐる議論は世界各地で続いています。山に閉ざされた小さな村の物語でありながら、「Vermiglio」が描くのは、時代や地域を超えて共有される問いでもあります。
- 時間がたっても消えない戦争の痕跡
- 共同体のまなざしが個人の尊厳に与える影響
- 家父長制の中で、それでも自分の人生を選び取ろうとする意志
アルプスの静謐な風景のなかで展開するこの物語は、国際ニュースとしての映画情報であると同時に、自分自身の生き方や人間関係を振り返るきっかけも与えてくれます。
Reference(s):
cgtn.com








