中国・象山の魚拓アート 海と暮らすまちの記憶を刷り出す
中国東部・浙江省寧波市の沿海の町・象山で、魚を紙に写し取る伝統技法「フィッシュラビング(魚の拓印)」が、いま静かな注目を集めています。古くは春節(旧正月)の飾りとして生まれたこの技が、環境に配慮したアート表現や子どもの学びの場として受け継がれ、海とともに生きる地域の記憶を写し取っています。
春節の「代わりの飾り」から始まった魚の拓印
象山は、中国東部の浙江省寧波市にある沿海の県です。この地域では、古くから魚を紙に刷り出す「フィッシュラビング」と呼ばれる伝統があります。
かつて地元の漁師たちは、春節に飾る切り絵や、縁起の良い言葉を書いた春節の赤い紙(春聯)を器用に作ることができませんでした。そこで考え出されたのが、イカからとった墨を使った魚の拓印です。獲れた魚にイカ墨を塗り、その上に赤い紙をそっと重ねて押さえ、魚の姿を「印刷」するように写し取っていました。
地元でこの技法を受け継ぐLu Shengguiさんによると、こうして生まれた魚の刷り絵は、紙切りや春節の飾りの代わりとして用いられてきたといいます。身近な素材と手元にある道具だけで、祝祭の雰囲気をつくり出そうとした漁師たちの工夫が、そのまま地域の伝統になりました。
細部まで写し取る「海のアート」へ進化
現在、象山のフィッシュラビングは、暮らしの知恵としての役割を超え、一つのアートとしても楽しまれています。かつてはイカ墨だけが使われていましたが、いまはプロピレンという現代的な顔料を用いるほか、より環境にやさしい植物由来の染料づくりも進められています。
魚の体表に顔料を塗り、紙を重ねてやさしくこすり出すと、うろこの流れやヒレの形、全体のラインまでが細かく浮かび上がります。三次元の魚の形が、平らな紙の上に立体感を保ったまま転写され、まるで今にも泳ぎ出しそうな生命感のある作品になります。
こうした魚の拓印は、単なる「きれいな絵」を超えて、海とともに暮らす沿岸の人びとの生活や、海への親しみを静かに映し出すものでもあります。どの魚を選び、どの向きで紙に写し取るのか——その一枚一枚に、漁村の日常の感覚がにじんでいます。
幼稚園で受け継がれる海の記憶
この技法の担い手であるLu Shengguiさんは、いま地元の幼稚園に足を運び、子どもたちにフィッシュラビングを教えています。教室には、本物の魚と色とりどりの顔料、真っ白な紙が並びます。
子どもたちは、魚に好きな色を塗り、紙をそっと重ねて押さえ、はがしてみる——それだけで、自分だけの魚の作品が目の前に現れます。同じ種類の魚でも、色づかいや構図が違えば、まったく別の表情を見せます。子どもたちは想像力を働かせ、自由な発想で次々と新しい魚のプリントを生み出しているといいます。
実物の魚に触れながら絵を完成させるこの体験は、海の匂いや質感をともなって記憶に残ります。教科書だけでは伝えきれない「海の近くで生きる」という感覚を、子どもたちが自分の手で確かめる時間にもなっています。
海とともにある地域文化をどう守るか
象山のフィッシュラビングは、古い習わしが形を変えながら今に受け継がれている一つの姿です。プロピレン顔料と植物由来の染料を組み合わせる工夫や、幼稚園での授業という新しい場づくりは、伝統を「特別な時だけのもの」にせず、日常の中に生かそうとする試みでもあります。
こうした沿岸地域の技は、観光の見どころとして紹介されるだけでなく、地元の人びとが自分たちの暮らしや歴史を見つめ直す手がかりにもなりえます。魚を紙に写し取りながら、海とともに生きてきた歩みを静かに振り返る——象山の海辺では、そんな時間が今日も生まれているのかもしれません。
海の恵みを受けてきたまちが、その記憶をどう未来へ手渡していくのか。その一つの答えが、魚の拓印という、素朴でありながら奥深いアートの中に見えてきます。
Reference(s):
cgtn.com








