中国の「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ」とは 思想的背景を読む
2025年9月に中国が打ち出した「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ」は、国際秩序のあり方そのものを問い直す構想として注目を集めています。本稿では、中国人民大学の王義桅(Wang Yiwei)教授による解説を手がかりに、その内容と思想的背景を整理します。
2025年に打ち出された新たな国際構想
2025年9月1日、中国の習近平国家主席は、天津で開かれた「上海協力機構(SCO)プラス」会合で「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ(Global Governance Initiative)」を提起しました。各国が協力して、より公正で合理的なグローバル・ガバナンスの仕組みを築き、「人類運命共同体」へと共に進むことを呼びかける内容です。
王氏は、このイニシアチブの特徴を、次の5つの原則に集約しています。
グローバル・ガバナンス・イニシアチブの5つの原則
- 主権平等の堅持:主権平等はグローバル・ガバナンスの前提条件と位置づけられます。王氏は、西側の一部で見られると指摘する「強者がテーブルにつき、弱者はメニューに載せられる」という「強者生存」の発想を退け、すべての国がテーブルにつき、課題が議題としてテーブルに載るべきだと説明します。
- 国際法の遵守:国際法は、公平と正義を体現する基本ルールとされます。国連憲章に基づく国際秩序を守ることが、ガバナンス改革の出発点だと位置づけられています。
- 多国間主義の実践:多国間主義は、グローバル・ガバナンスの基本ルートです。真の多国間主義には、「協議・協力・成果の共有」というプロセスが不可欠だと強調されます。
- 人民中心の価値観:ガバナンスの成否を測る基準は、人びとの生活がどれだけ向上したかにあります。人間中心のアプローチこそが、グローバル・ガバナンスの評価軸とされています。
- 行動重視:伝統的な中国医学の知恵を引きながら、対症療法と原因療法を統合した、総合的かつ協調的な対策が求められると説きます。空論や、王氏が「西洋医学の副作用」と表現するような新たな副作用を生む対応は避けるべきだとされています。
4つのグローバル・イニシアチブの中での位置づけ
グローバル・ガバナンス・イニシアチブは、中国がこれまで打ち出してきた3つの国際イニシアチブとセットで語られます。
- グローバル・開発イニシアチブ:国際開発協力の推進に焦点。
- グローバル・安全保障イニシアチブ:対話と交渉を通じた国際紛争の解決を目指す構想。
- グローバル・文明イニシアチブ:文明間の交流と相互学習を重視。
- グローバル・ガバナンス・イニシアチブ:どのようなグローバル・ガバナンス体制を構築し、どう改革・改善すべきかという「方向性と原則」を示すもの。
4つのイニシアチブは、いずれも国連を中心とする国際システム、国際法に基づく国際秩序、そして国連憲章の目的と原則から導かれる国際関係の基本原則を守る姿勢を共有しています。王氏は、とくにガバナンスの「赤字(ガバナンス・デフィシット)」を埋めることに焦点を合わせていると指摘します。
そのうえで、「協議・協力・成果の共有」という考え方を実践しながら、より公正で合理的なグローバル・ガバナンス体制を構築し、人類運命共同体の構築を進めていく点で、欧米型の発展、安全保障、文明、ガバナンス観とは対照的だと説明しています。
漢字「治理」に込められた中国式ガバナンス観
王氏は、グローバル・ガバナンス・イニシアチブの背景には、中国の長い統治思想の伝統があると指摘します。その象徴が「治理」という漢字です。
古代の字書『説文解字』によると、「治」は台の上を流れる水の音から来ており、水が東から流れ、街をめぐって海に注ぐ姿を表します。「理」は玉を磨き、玉の文様を整えることから、「内在する筋道を整える」意味が込められています。
この2文字が組み合わさることで、中国式ガバナンスのロジックが浮かび上がります。すなわち、「治」は水のように動的なバランスと調整を、「理」は玉の文様のような根本原理への適合を強調します。ガバナンスとは、道(タオ)にかなうかたちで行動する知恵だという発想です。
この考え方は、伝統的な中国思想にも表れています。
- 儒教:為政者の徳を通じて人びとを導き、「無為而治(なさずして治まる)」状態を目指す。
- 道教:自然や社会の法則に沿う、過度に介入しない統治を重んじる。
- 法家:明確な法と規則によって、公平を保つ。
「治理」は、強制ではなく導き、恣意的な創造ではなく内在する法則の発見を重視するスタイルを象徴しています。現代の中国社会のガバナンスも、制度設計における原理尊重(理)と、政策運営におけるバランス確保(治)の両立を志向し、「天人合一」の調和を目指していると王氏は述べます。
3つの「共」:共生・共業・共天
こうした伝統思想から、王氏はグローバル・ガバナンスの原則として3つの「共」を導き出します。
共生(共に生きる)
共生は、儒教の「修身斉家治国平天下」の発想と響き合います。健全な国内ガバナンスから始め、悪影響が国境を越えて外に溢れ出ないようにすることが重要だとされます。世界はすべての人びとのものであり、ガバナンスは共通の事業だという認識です。
共業(共に担う)
共業は、仏教の「縁起」思想に由来します。ある問題を解決する際に、新たな問題を生み出してはならないという警鐘です。「一花一世界、一葉一如来」という言葉に象徴されるように、持続可能な発展と全体を見渡す視点が求められます。二次災害を生まないことこそが「よいガバナンス」だという考え方です。
共天(共に天と向き合う)
共天は、道教の「天と調和して生きる」という思想とつながります。過去・現在・未来を統合的に見ながらガバナンスを行うべきだという発想です。「大国を治むるは小鮮を烹るがごとし」というたとえにならい、気候変動のように長く続く課題と、AIガバナンスのような新たな課題の両方に、並行して体系的に取り組む必要があると説きます。
中国の自信と国際社会への貢献
王氏によれば、中国がグローバル・ガバナンス・イニシアチブを提案する自信の源泉は、自国の近代化の歩みと豊かな伝統文化にあります。農村から都市、地域、国家レベルに至るガバナンスの経験を踏まえ、「責任・義務・利益を共有する共同体」という理念を掲げています。
国際社会においては、上海協力機構やBRICS、そして「一帯一路」などの枠組みを通じて、「協議・協力・成果の共有」という新しいガバナンスの考え方を提唱し、「互いに助け合い、運命を分かち合う」姿勢を示していると説明します。
王氏は、グローバル・ガバナンス・イニシアチブが、伝統的な中国医学と西洋医学の違いにも例えられると述べます。前者は全体を見て、原因と結果を同時にケアしようとするのに対し、後者は対症療法に偏りがちだという対比です。
「舵取り」観の違い:プラトンから現代へ
王氏は、欧米のガバナンス観を語るうえで、古代ギリシャの哲学者プラトンの『国家』第6巻に登場する比喩を引きます。そこでは、航海の知識が不十分で耳も目も悪い船長のもとで、乗組員たちが「誰が舵を取るべきか」を巡って争い、結局、船が正しく進めなくなる物語が語られます。
この寓話は、国を導くリーダーには能力と徳(カリスマ)の両方が必要だという教訓だとされます。英語の「govern(統治する)」という言葉も、もともと「舵を取る人」を意味する古代ギリシャ語に由来すると紹介されています。
王氏は、ここからアメリカが掲げてきた「アメリカのリーダーシップ」という発想を説明しつつも、「真のグローバル・ガバナンスとは、特定の国が世界の舵を取ることではなく、とくに世界人口の8割以上を占めるグローバル・サウスを含むすべての国々が、国連憲章と普遍的な国際規範に基づいて協力する集団行動だ」と強調します。
水のような徳と「公」の世界へ
最後に王氏は、ガバナンスは道教の「上善若水(最上の徳は水のようである)」という言葉に従うべきだと述べます。水は万物を潤しながら争わない存在であり、そのあり方に倣って「公共の善」を追求することが、よいガバナンスにつながるという見立てです。
「大道行われるとき、天下は公なり」という古典の言葉を引用しつつ、国家や文明の違いを超えて、世界を「誰かのもの」ではなく「みんなのもの」として治める発想こそが、グローバル・ガバナンス・イニシアチブの核心にあるとまとめています。
2025年の今、ガバナンスの赤字が語られる中で、中国が提示するこの構想をどう受け止めるかは、各国にとっても市民にとっても大きな問いです。あなたは、この5つの原則と3つの「共」を、どのように自分の社会や地域の課題と結びつけて考えるでしょうか。
Reference(s):
Wang Yiwei: Chinese philosophy in Global Governance Initiative
cgtn.com








