上海CICBE 2025で議論:AI時代、教師の役割と教育の再設計はどこへ video poster
2025年、上海で開幕した「China International Conference on Basic Education(CICBE)2025」で、世界各地の専門家が人工知能(AI)と基礎教育の未来をめぐって意見を交わしました。AIが学校に入り込むいま、焦点は「便利な道具」以上に、教師のアイデンティティや教育の作り替え方へ移りつつあります。
会議で中心になった「4つの問い」
今回、CGTNの取材に対して専門家たちが語ったポイントは、大きく4つの問いに整理できます。
- AI革命は、教師の“役割の核”をどう変えるのか
- 基礎教育は、技術による変化(ディスラプション)にどう適応しているのか
- AI人材の流れはどこから始まり、共有される未来はどう形づくられるのか
- 中国本土は、AIと教育の融合でどんな節目(マイルストーン)を積み上げてきたのか
「教える人」から「学びを設計する人」へ――教師のアイデンティティの揺れ
AIが解説や例題生成、学習の伴走を担えるようになるほど、教師の仕事は「知識を伝えること」だけでは説明しにくくなります。議論の中心には、教師が何者として教室に立つのかという問いが置かれました。
たとえば、同じ学習内容でも理解の速度やつまずき方は一人ひとり違います。AIが個別化(学習者に合わせた調整)を手助けする場面が増えるほど、教師には次のような役割が前景化します。
- 学びの設計者:何を、どの順番で、どの活動で学ばせるかを組み立てる
- 判断の担い手:AIの提案を採用するか、修正するかを見極める
- 関係性の責任者:教室の安心感、対話、納得感をつくる
AIが強い領域(大量の情報処理)と、人が強い領域(関係性や状況判断)の境界を、学校は改めて引き直し始めている――そんな空気がにじみます。
基礎教育はどう変わる?「導入」より難しいのは「運用」
技術の導入そのものより、日々の授業や評価、学校運営の中でどう使い続けるかが難題になります。CICBE 2025では、基礎教育が技術的な変化にどう適応しているかが議題となりました。
ここで重要になるのは、AIを使うこと自体を目的化しないことです。現場の問いは、次のようにより実務的になっていきます。
- 授業でAIを使うなら、何を学力として測るのか
- 学習の個別化が進むほど、学級としての学びをどう守るのか
- 学校の意思決定は、どこまでを自動化し、どこを人が握るのか
「技術が入る」ことよりも、「学校の前提が静かに変わる」ことが、教育の手触りを変えていきます。
AI人材の流れはどこから始まるのか――起点としての“基礎教育”
AI人材の国際的な流動は、大学や企業だけの話ではありません。議論では、その起点が基礎教育にあることが強く意識されていました。
早い段階で「AIを使える」だけでなく、「AIを疑い、確かめ、使いどころを決める」経験を積めるかどうかが、その後の学びの選択肢を左右します。人材の流れをめぐる問いは、裏返せば次の問いでもあります。
- 学びの機会は、どれだけ公平に分配されるのか
- 地域や学校ごとの違いを前提に、何を共通基盤にするのか
- 世界の人材が交わるとき、共有できるルールや価値は何か
中国本土の「AI×教育」――節目が問われる場面へ
会議では、中国本土がAIと教育の融合において積み上げてきた節目(マイルストーン)も話題になりました。ただ、節目の数を数えること以上に、次の段階で問われるのは「それが教室の学びをどう変えるのか」という実感の部分です。
AIが教育に入るスピードが上がるほど、成果は“導入数”では測りにくくなります。むしろ、教師の働き方や子どもの学び方がどう変化し、学校がどんな合意形成を重ねているのか。CICBE 2025の議論は、そうした足元の問いを改めて照らしました。
いまこのニュースが示すもの
2025年の教育テーマとしてAIは「新しさ」から「前提」へ移りつつあります。だからこそ、派手な技術論よりも、教師の役割、授業の運用、人材の起点といった“地味だけれど効く論点”が中心に置かれたこと自体が、今回の会議のメッセージと言えそうです。
シェア用の一文:AIが進化するほど、学校で一番問われるのは「教師は何を担うのか」――CICBE 2025はその核心を議論しました。
Reference(s):
AI era education: From shift in teachers' roles to global talent flow
cgtn.com








