中国本土で40年、野生動物を撮る奚志農氏——密猟の記録と生息地保全 video poster
2025年も残りわずかとなったいま、中国本土で40年にわたり野生動物を撮り続けてきた写真家・奚志農(シー・ジーノン)氏の歩みが、あらためて注目されています。チベットカモシカ(チルー)の密猟の実態を伝え、ミドリクジャクの生息地を守る取り組みにも関わってきたとされます。レンズを通じて「人と自然の間に橋をかける」——その言葉が示すものは何なのでしょうか。
40年の撮影が示すもの:「見せる」から「つなぐ」へ
奚氏のキャリアは、単に珍しい生き物を撮る“自然写真”の範囲にとどまらず、人間の活動が野生動物に与える影響を可視化し、共有する方向へと重心を移してきたと語られています。記録はしばしば、問題の存在を社会が認識する入口になります。特に野生動物の世界は、当事者(動物)自身が声を上げられないからこそ、「何が起きているか」を伝える役割が重要になります。
チベットカモシカ(チルー)の密猟を伝えるということ
断片的に伝えられている情報によれば、奚氏はかつてチベットカモシカの密猟を撮影し、その実態を広く知らせることに力を注いできました。密猟は、希少な野生動物にとって直接的な脅威です。
一方で、こうした記録が社会に届く過程では、
- 現場で何が起きているのかを、具体的に「見える化」する
- 見た人が“遠い話”として流さないよう、背景を丁寧に説明する
- 保護や監視、教育など次の行動につながる回路をつくる
といった積み重ねが欠かせません。写真や映像は、強い言葉より先に、静かに現実を置いていくメディアでもあります。
ミドリクジャクの生息地を守る:風景の中にある危機
奚氏はまた、ミドリクジャクの生息地保全にも取り組んできたとされています。密猟のように“瞬間の事件”として表面化しやすい問題とは違い、生息地の変化はゆっくり進み、気づかれにくい側面があります。
だからこそ、同じ場所を継続して見つめ、変化を記録し、共有する営みが意味を持ちます。「動物だけ」を切り取るのではなく、動物が生きる環境(生息地)を含めて伝えることが、保全の議論を具体化させる一歩になります。
「写真家」であり「父」である——二つの時間軸
このストーリーのもう一つの軸は、奚氏が写真家であると同時に父であるという点です。野生の世界を追う時間と、家族と過ごす時間。その二つが交差するとき、自然保護は「社会の課題」であるだけでなく、「次の世代に何を残すか」という、より個人的な問いにもなります。
現場の過酷さや移動の多さを抱えながら、それでも撮り続ける理由はどこにあるのか。答えは一つではありませんが、少なくとも言えるのは、記録は未来の会話の材料になるということです。いま見えているものを、あとから生まれる誰かと共有できる形にする——それ自体が“橋”なのかもしれません。
このニュースをどう読むか:静かな3つの論点
- 可視化の力:写真・映像は、関心の外にあった出来事を社会の議題に引き上げる
- 保全の焦点:動物だけでなく、生息地という「生活の土台」を守る発想が欠かせない
- 世代の視点:「いま」だけでなく「これから」を含む時間軸で考えるきっかけになる
40年という長い時間は、劇的な結論を約束するものではありません。ただ、同じテーマを追い続けた記録は、社会が忘れやすい現実を忘れにくくする——その点で、静かに効いてきます。
Reference(s):
cgtn.com








