「ダオダオ犬」作者が語る創作の原点 想像力で飛ぶ犬 video poster
暗い目のクマとナイフ形の頭――少し物憂げで、でもどこか愛らしい犬のキャラクター「ダオダオ犬」。最近公開されたCGTNのインタビューで、作者の慕容引刀(本名:甘峰)が、その誕生の背景と“創作が伴走者になる”感覚を語りました。
今回の話題を3行で
- 「ダオダオ犬」は2002年に生まれた犬のキャラクター
- 作者は幼少期の“ひと夏だけ一緒だった小さな犬”の記憶を出発点にしている
- 忙しい制作現場の反動から、スケッチが「生きている感覚」を支える場になったという
「ダオダオ犬」とは? 見た目に宿る“かわいさ”と“憂い”
ダオダオ犬は、目の周りの濃い輪(クマのようにも見える陰影)と、刃物を思わせる形の頭部が特徴です。名前の「ダオ(Dao)」は、中国語(普通話)で「刀」を意味するとされ、造形そのものがネーミングの由来になっています。
インタビューでは、読者がよく知る犬のキャラクター(例えばスヌーピーのような存在)と比べたときの、ダオダオ犬の独特の温度感が印象的です。元気いっぱいのマスコットというより、静かに寄り添う“心の天気”のような存在として描かれています。
作者が手放さなかった記憶:ひと夏だけ一緒だった小さな犬
慕容引刀は、幼い頃に飼っていた小さな犬の話を回想しました。祖父母の家で過ごした短い期間だけ一緒に暮らし、その後いなくなってしまった犬だったといいます。長い時間を共有したわけではないのに、記憶の輪郭だけが残り続ける――ダオダオ犬の物語は、そうした“欠け”を抱えた思い出から始まっていました。
彼はインタビューで、創作の持つ時間の力を、次のように語っています。
「犬を描けば、離れていかないし、年も取らない。ずっと一緒にいられる。自分が作るものは、ずっと自分に寄り添ってくれる」
現実の別れは避けられなくても、描かれた存在は“ここに居続ける”。この発想が、作品のやさしさと切なさを同時に支えているように見えます。
高圧的な仕事の反動で始まった「落書き」——“生きている感覚”の回復
慕容引刀は、海外クライアント向けのアニメーション制作に関わっていた時期、反復的でプレッシャーの強い業務が続き、創造性の入り込む余地が少なかったとも語りました。そこで「生きている感覚」を取り戻すために、ふと浮かぶ考えや感情をスケッチとして掬い上げるようになり、キャラクターの一つとしてダオダオ犬が形になっていったといいます。
効率や納期が前面に出やすい制作現場と、個人のスケッチブックの時間。その間にある落差は、デジタル制作に慣れた世代ほど身に覚えがあるのかもしれません。
日常観察がファンタジーになる:小さな仕草、普通の物が“キャンバス”に変わる
インタビューで繰り返し示されたのは、「創作=没入と観察」という感覚です。大げさな出来事ではなく、日々の身振りや、目に入った物の質感、部屋の空気といった細部が、空想へとつながっていく。ファンタジーは現実逃避ではなく、現実を見直すための“もう一つの居場所”として機能しているように語られました。
なぜ今、ダオダオ犬の話が刺さるのか
ダオダオ犬の魅力は、派手なストーリーよりも、「いなくなったもの」「言葉にならない感情」「作り続けることで残るもの」といった静かなテーマに光を当てる点にあります。短い動画や画像が流れていく時代でも、ふと立ち止まって、自分の気分の輪郭を確かめたくなる瞬間がある。そんな時、ダオダオ犬の表情は、説明ではなく“同席”として効いてくるのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








