ミュンヘン安全保障報告書2026「破壊球政治」:揺らぐ多国間秩序の現在地
2026年版のミュンヘン安全保障報告書が掲げたキーワードは「破壊球(wrecking-ball)政治」。制度を改良するのではなく、あえて壊す動きが広がり、国際安全保障の“協調で解く”前提そのものが揺らいでいる——そんな問題提起です。
報告書が示す「破壊球政治」とは何か
報告書が描くのは、個別のルールや組織の弱体化にとどまらず、「複雑な課題はルールに基づく協力で対処するのが最善だ」という共有認識の低下です。国家間の駆け引きが先鋭化するほど、共通の土台が目減りしていく、という構図が浮かびます。
米国の後退が生む“不確実性”
中心に据えられているのが、戦後秩序(1945年以降)の主要な設計者・保証者とされてきた米国の役割変化です。報告書は、現米政権が多国間機関、貿易ルール、開発の枠組みなどの制約を明確に嫌い、選択的な関与低下を超える動きを見せていると論じます。
その結果、米国の比較的予測可能な関与を前提に安全と繁栄を組み立ててきた地域で、見通しの悪さが増している——というのが報告書の見立てです。
欧州:ウクライナ支援の揺れと「戦略的自律」の未完
欧州では、ロシア・ウクライナ紛争をはじめとする地域紛争が、冷戦後に残っていた協調的安全保障の枠組みをさらに崩した、と報告書は指摘します。米国のウクライナ支援が揺らぐ可能性や、同盟国への「取引的」な言葉が目立つことで、欧州の脆弱性意識が強まったとも言及しています。
対応として挙げられるのは、
- 防衛支出の増加
- 目的別の柔軟な有志連合
- 域内の安全保障協力の深化
一方で「戦略的自律」への移行は途上で、政治の分断や国ごとの能力差が制約になっている、と整理されます。
アジア太平洋:整列ではなく「ヘッジ」が広がる
アジア太平洋でも別種の力学が進むとされます。報告書は、海洋安全保障や台湾海峡、両岸関係などの敏感な領域をめぐり、地域アクターの間に懸念があるとしつつ、米国の関与の一貫性への疑念が「特定陣営への整列」よりも「ヘッジ(リスク分散)」を促していると描きます。
つまり、多くの国・地域が同時並行で、
- 防衛力の強化
- 地域協力の深化
- 中国本土との実務的な経済関係の維持
を進めているということです。報告書はこれを優柔不断ではなく、力のバランスが流動化し、欧州のような包括的で信頼される安全保障メカニズムが見えにくい中での合理的反応だ、と位置づけます。
安全保障だけではない:貿易・供給網にも波及
「破壊球政治」は経済ガバナンスにも及ぶとされます。大規模関税、輸出管理、供給網の要所(チョークポイント)の戦略的活用が市場の変動を大きくし、世界の貿易システムの予見可能性への信頼を弱めた、という指摘です。
ただし、各国が一斉に多国間主義を放棄しているわけではなく、中所得国や新興国の多くは、地域貿易協定や課題別の連携で「ルールに基づく交換」を断片的に維持しようとしている、と報告書は述べます。
世論の温度差:先進国の不信と、新興国の楽観
報告書はミュンヘン安全保障指数にも触れ、市民の見方に差がある点を強調します。新興国の市民のほうが先進工業国より将来に楽観的、という結果は偶然ではない——というのです。
先進国側では、民主的制度への信頼低下、格差、政策停滞の感覚が、既存秩序を揺さぶる政治への支持を後押しする。一方、アジア、中東、グローバルサウスの一部では、開発の実感、インフラ整備、戦略的な選択肢の増加が楽観の背景になる。報告書はこの対比を通じて、「安全保障ガバナンスに何を期待するのか」という問いが社会ごとに分岐していると示唆します。
いま何が問われているのか
報告書全体が突きつけるのは、ルールと協調を“当然”とみなせなくなった時代に、各地域がどんな現実解を組み合わせるのか、という論点です。防衛、経済、世論が絡み合う中で、「壊す」政治が一時のスローガンで終わるのか、それとも新しい標準になるのか。2026年の国際ニュースは、その分岐点を照らし続けています。
Reference(s):
Wrecking-ball politics & the fracturing of global security governance
cgtn.com








