スヌーカー趙心童、アジア初の世界王者に 20年の軌跡をたどる
2025年のスヌーカー世界選手権で、28歳の趙心童(ちょう・しんどう/Zhao Xintong)が優勝し、アジア出身選手として初めて世界王者のタイトルをつかみました。8歳でキューを握ってから「20年かかった」と語るその歩みは、中国スポーツだけでなく、アジアのビリヤードファンにとって大きな意味を持つ出来事です。
アジア初のスヌーカー世界王者、その瞬間
決勝の相手は、50歳のベテランであるウェールズ出身のマーク・ウィリアムズ。経験と実績では大きく上回る相手を前に、趙心童は冷静なショット選択と攻撃的なブレークビルディングを貫き、世界選手権の頂点に立ちました。
試合後、「今のレベルに到達するまでどれくらいかかったのか」と聞かれた趙心童は、静かに「20年」と答えました。8歳でスヌーカーを始めてから積み重ねてきた時間を、その短い一言に込めたかたちです。
8歳でキューを握った早熟の才能
趙心童がスヌーカーを始めたのは8歳のときです。指導したコーチはすぐにその才能を見抜き、同年代では世界でも屈指の正確さを持つ選手になりうると評価していました。
成長は早く、始めてからわずか5年ほどで、中国国内のジュニア大会で準優勝に入るまでになります。その後、2010年には中国南部・広東省深圳市で行われた大会で初のタイトルを獲得し、中国の将来を担う若手として注目され始めました。
プロ転向と、攻撃的スタイルの試練
2016年、趙心童は本格的にプロツアーに参戦します。しかし、ここからの数年間は順風満帆とは言えませんでした。持ち味は、隙あらば積極的に攻めるアグレッシブなスタイルでしたが、その一方で安定感を欠く場面も多く、ツアーから二度降格を経験します。
それでも、降格のたびに連続昇格を果たし、プロツアーに戻ってきたことは、メンタルの強さと粘り強さを示すエピソードと言えます。華やかなタイトル獲得の裏側で、何度もキャリアの継続そのものを懸けた戦いをくぐり抜けてきました。
UK選手権とドイツでつかんだブレイクスルー
大きな転機となったのは2021年です。英国で行われる伝統の大会、UK選手権で、趙心童はジョン・ヒギンズ、ジャック・リソウスキー、バリー・ホーキンスら強豪を次々に撃破し、決勝ではルカ・ブレセルを倒して優勝を飾ります。
翌2022年にはドイツ・マスターズで、同じ中国出身の選手である颜丙涛(ヤン・ビンタオ)を決勝で破り優勝。世界ランキングはトップ10に食い込み、世界9位まで浮上しました。この時期、趙心童は「次世代を代表する攻撃的プレーヤー」の一人として国際的な注目を集めます。
2023年の出場停止という最大の試練
しかし、キャリアが上り調子にある中で、2023年に大きな試練が訪れます。試合操作をめぐるスキャンダルにより、20カ月間の出場停止処分を受け、すべての大会から離れることになりました。
長期にわたるブランクは、アスリートにとって肉体的にも精神的にも厳しいものです。それでも趙心童は、この期間を振り返って「謙虚さを学び、自分にとってスヌーカーがどれほど大事かを理解する時間になった」と受け止めています。競技から離れることで、逆にスヌーカーへの思いが一段と強くなったとも言えます。
2024年の復帰、そして2025年世界選手権へ
出場停止期間を終えた趙心童は、2024年9月にツアーへ復帰します。復帰直後からQツアー(Q Tour)で3大会連続優勝を果たし、2025年の世界選手権への出場権をつかみました。
その年のクルーシブル劇場での戦いでは、序盤からまさに「止められない」状態でした。ジャック・ジョーンズ、同じ中国出身の雷沛帆(レイ・ペイファン)、クリス・ワクリン、ロニー・オサリバンらを下し、決勝ではマーク・ウィリアムズを撃破。20カ月の出場停止からわずかの時間で、世界の頂点まで駆け上がったことになります。
キャリアを一望するタイムライン
- 8歳頃:スヌーカーを始める。コーチから世界トップ級の正確さを持つと評価される。
- 10代前半:中国国内ジュニア大会で準優勝。
- 2010年:広東省深圳市で初タイトルを獲得。
- 2016年:プロツアー参戦。攻撃的スタイルで頭角を現す一方、二度の降格と昇格を経験。
- 2021年:UK選手権優勝で国際的なブレイクスルー。
- 2022年:ドイツ・マスターズ優勝、世界ランキング9位に。
- 2023年:試合操作をめぐる問題で20カ月の出場停止。
- 2024年9月:復帰後、Qツアーで3大会連続優勝。
- 2025年:世界選手権制覇。アジア出身として初のスヌーカー世界王者に。
アジアの若い世代にとっての意味
スヌーカーは長らく欧州勢が中心となってきた競技ですが、近年は中国をはじめアジア地域から多くの有望選手が台頭しています。その中で、趙心童がアジア初の世界王者になったことは、次の世代にとって大きな指標になります。
8歳から20年かけて世界の頂点に立ったという事実は、「才能」と同じくらい「継続」と「立ち直り」の重要性を示しています。プロ転向後の降格、出場停止によるブランクという逆風を受けても、競技に向き合い続けた結果としての世界タイトルです。
これからの趙心童とスヌーカー界
世界王者となった今、趙心童には、タイトルの防衛やさらなるビッグタイトル獲得だけでなく、アジアの若いプレーヤーに道を開く役割も期待されています。中国やアジア各地でスヌーカー人気が高まる中、その象徴的な存在になる可能性があります。
2025年の世界選手権優勝は、彼のキャリアのゴールではなく、新たなスタートラインと言えます。20年かけて積み上げた経験と、挫折から学んだ謙虚さを武器に、これからどんなプレーを見せてくれるのか。スヌーカー界全体が、その一挙手一投足に注目しています。
Reference(s):
cgtn.com








