ナイジェリア元大統領ブハリ氏が82歳で死去 治安と反汚職に注力した8年政権
アフリカ最大の人口と経済規模を持つナイジェリアで、2015年から2023年まで大統領を務めたムハンマド・ブハリ氏が、ロンドンで82歳で死去しました。治安対策と反汚職、経済多角化を掲げた同氏の死は、ナイジェリア政治と西アフリカ情勢を考えるうえで大きな節目となります。
ロンドンのクリニックで死去 ティヌブ大統領が発表
現地時間の日曜日、元ナイジェリア大統領ムハンマド・ブハリ氏が、ロンドンのクリニックで82歳で死去したと、現職のボラ・ティヌブ大統領が発表しました。ブハリ氏は英国の首都ロンドンの医療機関で治療を受けていたということです。
ティヌブ大統領は声明で、カシム・シェティマ副大統領に対し、ブハリ氏の遺体を本国へ伴うためロンドンへ向かうよう指示したと明らかにしました。また、元指導者への弔意を示すため、ナイジェリア国内で国旗を半旗とする措置を命じています。
軍人から民選大統領へ ブハリ氏の歩み
ムハンマド・ブハリ氏は1942年12月17日生まれ。軍歴と民政双方で長いキャリアを積んだ人物として知られます。軍出身である一方、民政移管後は政治活動に力を注ぎ、複数回の大統領選挙に挑戦しました。
2015年の大統領選でついに勝利を収め、ナイジェリア史上初めて、野党候補として現職大統領を破った人物となりました。2019年には再選を果たし、2023年5月29日にティヌブ氏へ政権を引き継ぐまで、2期8年にわたり国家の舵取りを担いました。
3つの柱:治安、反汚職、経済多角化
ブハリ政権のキーワードとして、次の3点が挙げられます。
- 治安の強化:北東部を中心に活動する武装勢力ボコ・ハラムなどへの対策を強化し、軍事作戦や治安機関の再編に取り組みました。
- 反汚職:公的資金の流用や汚職とされる行為に対し、資金回収を含むキャンペーンを展開し、「クリーンな統治」を掲げました。
- 経済多角化:原油依存からの脱却を目指し、農業やインフラ整備への投資を進めることで、産業の広がりを図りました。
一方で、在任中のナイジェリア経済は2度の景気後退に見舞われ、失業や物価高といった課題も深刻でした。治安面でも、地域によっては暴力や誘拐事件が続き、国全体の安全確保にはなお課題を残したとの指摘があります。
評価が割れる遺産 ナイジェリア政治への影響
ブハリ氏の評価は、国内外で分かれています。秩序や規律を重視した姿勢を「安定をもたらした」と評価する声がある一方、経済運営や人権面での対応をめぐって批判も根強くありました。
それでも、野党出身の候補が選挙を通じて政権交代を実現し、その後、憲法に基づき任期満了で権力を移譲したという点で、ブハリ氏はナイジェリアの民主主義の一つの転換点を象徴する存在だったと言えます。今回の訃報は、ティヌブ政権の政策や与野党の力学にどのような影響を与えるのか、今後の国内議論の焦点となりそうです。
日本の読者にとっての意味とは
ナイジェリアは、原油や天然ガスなどの資源国であると同時に、急速に人口が増えるアフリカの大国です。政情や経済運営の安定性は、世界のエネルギー市場や投資環境にも影響を与えます。
治安・反汚職・経済多角化というブハリ政権の課題は、多くの新興国・資源国とも共通するテーマです。元大統領の死をきっかけに、アフリカの政治や経済の変化を中長期的な視点で追いかけることが、日本に住む私たちにとっても、世界を理解する手がかりになります。
Reference(s):
cgtn.com








