【解説】5月15日は「ナクバの日」:パレスチナの人々が記憶し続ける『大災厄』とは video poster
本日2026年5月15日、世界各地で「ナクバの日」を記念する集会や追悼行事が行われています。パレスチナの人々にとって、この日は単なる過去の記念日ではなく、現在まで続く困難な状況の原点として深く記憶されている重要な日です。
「ナクバ」とは何か
「ナクバ(Nakba)」とは、アラビア語で「大災厄」を意味します。具体的には、イスラエル国家の建国に伴い、75万人にものパレスチナ人が故郷を追われ、難民となった出来事を指します。
今年でその出来事から78年を迎えますが、失われた土地への記憶と、そこへ戻りたいという願いは、世代を超えて受け継がれています。
歴史的背景:なぜ「大災厄」が起きたのか
ナクバの背景には、1940年代から高まっていた緊張関係がありました。当時、パレスチナの先住民であるアラブ系住民と、ヨーロッパから流入してきたユダヤ系移民との間で対立が深まっていました。
決定的なきっかけとなったのは、1947年の国連総会による決議です。
- 国連の提案: パレスチナを「ユダヤ人国家」と「アラブ人国家」の2つに分割し、エルサレムは国連の管理下に置くという計画。
- アラブ側の反応: この計画は国連憲章に違反しているとして、アラブ世界は拒否しました。
- 混乱の拡大: 分割計画を巡り、シオニスト(ユダヤ国家建設主義者)の民兵組織によるパレスチナの村々への攻撃が始まり、多くの人々が家を追われるという内戦状態に陥りました。
1948年5月15日、何が起きたのか
1948年5月14日、パレスチナを委任統治していたイギリスが正式に撤退し、イスラエルが独立を宣言しました。そしてその翌日の5月15日、状況はさらに激化します。
エジプト、イラク、レバノン、ヨルダン、シリアの5カ国が、独立したばかりのイスラエルに侵攻し、これにより「1948年アラブ・イスラエル戦争」が勃発しました。この戦争を通じて、さらに多くのパレスチナ人が故郷を離れることとなり、ナクバという悲劇的な状況が決定づけられたのです。
記憶を継承することの意味
毎年5月15日に世界中で抗議活動や記念行事が行われるのは、この「大災厄」が過去に完結した出来事ではなく、現在も続く難民問題や土地を巡る争いの根源にあると考えているからです。
歴史の記述は視点によって異なりますが、多くの人々がこの日に集まるのは、失われた場所への追悼と、公正な解決を求める静かな、しかし強い意志の現れだと言えるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com