戦争占領の街から冬季五輪都市へ──張家口が歩む氷雪経済のいま
1937年の戦争で占領を経験した北京への北の玄関口・張家口が、2022年には冬季オリンピックの開催都市の一つとして世界の注目を集めました。いま、この街は大会のレガシーを生かし、スポーツ観光と氷雪産業をてこに新しい未来を切り開こうとしています。戦争の記憶から希望の物語へと変わりつつある張家口の歩みを、日本語でたどります。
1937年、北の玄関口を襲った占領の記憶
国際ニュースや歴史に触れるとき、1937年の盧溝橋事件は避けて通れない出来事です。この事件ののち、日本軍は同年8月20日に北京への北の玄関口にあたる張家口へ進駐し、27日までに都市全体を占領しました。
張家口はその後、戦火と占領のもとで大きな被害を受けます。北方の要衝として戦略的に重視されたがゆえに、街と人びとは苦難の時代を過ごしました。現在の姿を考えるとき、こうした歴史的背景は見落とせない前提条件でもあります。
85年後の2022年、冬季オリンピックの舞台へ
戦争の惨禍から85年後の2022年、張家口は冬季オリンピックの開催都市の一つとして世界のスポットライトを浴びました。かつて占領を受けた都市が、今度は世界各地からアスリートと観客を迎え入れる側に立ったことになります。
国際スポーツ大会の開催は、都市のイメージと役割を大きく変えるきっかけになります。張家口にとっても、雪と氷の競技を通じて自らの姿を世界に発信し、これまでとは違う未来像を描く転換点になりました。
レガシーをどう生かすか──スポーツ観光の統合
大会が終わったあと、開催都市にとって重要になるのがレガシーの活用です。張家口は、冬季オリンピックで整備した施設や蓄積された運営ノウハウ、そして高まった知名度を生かし、スポーツと観光を一体的に伸ばすことを目指しています。
こうした「スポーツ観光の統合」は、一般に次のような動きを含みます。
- 競技会場やトレーニング施設を、市民や観光客も利用できる場として開いていく
- スキーやスケートなどの体験と、宿泊・飲食・観光資源を組み合わせた滞在型メニューをつくる
- 大会やイベントを継続的に開催し、人とお金の流れを絶やさないようにする
張家口も、冬季オリンピックのレガシーを生かしながら、スポーツと観光を結びつけた新しい産業づくりを進めています。これは単なる観光振興ではなく、都市そのものの価値を再設計する試みだといえます。
氷雪装備産業と「氷雪経済」の拠点へ
張家口のもう一つの柱が、氷や雪に関連する装備・機器の産業です。いわゆる「氷雪装備産業」には、例えば次のような分野が含まれます。
- スキー板やブーツ、ヘルメットなどの個人用スポーツ用品
- リフト設備や雪上車、人工降雪機などのゲレンデ関連機器
- 屋内スケートリンクやトレーニング施設の冷却・保守システム
こうした装備や機器は、氷雪スポーツや冬の観光を支える「縁の下の力持ち」です。張家口は、この分野の産業を育てることで、自らを中国の「氷雪経済」の重要な拠点の一つへと位置づけつつあります。
氷雪経済とは、氷雪スポーツや関連観光、装備産業など、雪と氷を軸にした幅広いビジネスを含む経済圏を指します。大会を契機に整備されたインフラや企業活動が結びつくことで、新たな雇用や投資の場が生まれ、地域全体の活力につながっていきます。
逆境から希望へ──張家口の物語が示すもの
戦争による占領という苦難を経験した張家口が、冬季オリンピックをきっかけにスポーツ観光と氷雪装備産業の都市へと姿を変えつつある。その歩みは、「逆境から希望へ」というシンプルな言葉でまとめられます。
この物語は、私たちにいくつかの問いを投げかけます。
- 歴史の負の記憶を忘れずに継承しながら、それでも前を向いて新しい産業や社会をつくるには何が必要なのか
- 一度限りの国際大会を「イベント」で終わらせず、地域の経済と文化にどう根づかせていくのか
- スポーツや観光を軸にしたまちづくりは、ほかの都市にどんなヒントを与えてくれるのか
2025年の今も、張家口はオリンピックのレガシーを生かしながら、氷雪経済の拠点として新しい挑戦を続けています。その姿を追うことは、国際ニュースを読む私たち自身が、戦争と平和、記憶と発展、そして都市の未来をどう考えるかを見つめ直すきっかけにもなります。
Reference(s):
cgtn.com








