「多様性の美」で文明間対話 ニシャン世界文明フォーラムを読み解く
中国・山東省曲阜で開かれるニシャン世界文明フォーラム第11回会合は、「多様性の美」を掲げ、分断が進む世界で文明間の理解と協力をどう育てるかを問いかけています。
孔子の故郷から発信される「文明間対話」の場
ニシャン世界文明フォーラムは、2010年に始まった国際的な対話のプラットフォームです。世界各地の研究者や実務家が集まり、文明間の交流や相互理解を深めることを目的としています。
会場は、偉大な思想家・孔子の故郷として知られる山東省曲阜。名称の「ニシャン」は、孔子の誕生とゆかりがあるとされる尼山に由来し、中国文化と精神の象徴的な場所です。
フォーラムでは毎年、文化、近代化、グローバル・ガバナンス(世界の統治のあり方)など、地球規模の課題がテーマに取り上げられます。2025年に開かれる第11回会合のテーマは、Beauty in Diversity: Nurturing Understanding Among Civilizations for Global Modernization(多様性の美:文明間の理解を育み、世界的な近代化を進める)です。
地政学的な対立や価値観の分断が意識される2025年現在、このテーマは一層重みを増していると言えるでしょう。
コンフュシアニズムとアフリカ哲学が出会うとき
今回のフォーラムには、中国の哲学者・項述辰氏や、南アフリカの哲学者・エドウィン・エティエイボ氏らが参加し、中国文明とアフリカの思想の接点について意見を交わしています。
エティエイボ氏が強調するのは、コンフュシアニズム(儒教)が重視する「調和」と「人と人との関係」です。他者や異なる文化を尊重し、対立よりも調和をめざす姿勢は、アフリカでも共感を呼ぶ価値観だといいます。
アフリカには、ウブントゥと呼ばれる哲学的な考え方があります。「他者への思いやり」や「人は他者との関係の中で人となる」という発想で、共同体と連帯を重んじるものです。エティエイボ氏は、ウブントゥと儒教がともに、平和や共生のための豊かな知恵を備えていると指摘します。
しかし現実には、アフリカ各地で武力紛争が続き、こうした価値観が忘れられているように見える場面も少なくありません。その一方で、アフリカと中国の間で、調和と平和を重視する思想を共有しようとする試みが進んでいることは、希望の兆しでもあります。
「多様性の美」が示す理想と現実
項述辰氏は、今年のテーマが、マルティニーク出身の思想家エメ・セゼールの言葉とも響き合っていると説明します。セゼールは「人間の仕事はまだ終わっていない。私たちには役割があり、世界と歩調を合わせなければならない」と述べ、情念に根ざした暴力を克服する必要性を訴えました。
ニシャン世界文明フォーラムが掲げる理想も、まさにここにあります。対立ではなく、努力を通じて「すべての人に居場所がある勝利の約束の場」に向かうこと。項氏は、暴力と対立はこうした人道的な意志の対極にあり、その克服はまだ始まったばかりだと語ります。
エティエイボ氏は、テーマの前半にある「多様性の美」という言葉に注目します。多様性はしばしば軽視されがちですが、人類社会は「ただ一つのやり方」や「一つの文明」に回収されるべきではない、というメッセージが込められているからです。
彼によれば、文明や文化の多様性を尊重することは、どの文明も優劣をつけず等しく扱うという姿勢につながります。単一の文明が標準になる「単一文明モデル」ではなく、多様な文明がそれぞれの仕方で貢献できる世界。そうした発想は、ときに西洋中心主義的な考え方とは緊張関係に立ちますが、アフリカのように、これまで十分に評価されてこなかった地域の知的貢献に光を当てる契機にもなります。
ニシャン世界文明フォーラムは、多様性の尊重を通じて、「どの文化や文明も他より優れているわけではない」という視点を共有しようとしているのです。
中国文明の価値観と「学び合う」国際関係
中国文明のコアにある価値とは何か――項述辰氏は、その一つとして「学び合い」の姿勢を挙げます。『論語』には、孔子の言葉として「三人行えば必ず我が師あり」という有名な一節があります。ともに歩む二人のうち、一人の長所からは自分も学び、もう一人の短所からは自らを戒める、という意味です。
項氏は、この態度は個人だけでなく、国家や文明同士の関係にも当てはまると考えます。異なる価値観をもつ相手からも学ぶ点は必ずあり、自らを省みながら良いところは取り入れていく。その積み重ねが、人類全体の関係を長期的に改善し、他者を助ける道になるという発想です。
こうした姿勢は、今日の中国の国際社会への関わり方にも表れていると項氏は見ています。模範を示し、良い実践を通じて他者にインスピレーションを与えること。人間はだれしも、善い行いを見ればそれに動かされる潜在的な力をもっているという、楽観的な人間観に立つアプローチです。
中国とアフリカに共通する「家族」の感覚
エティエイボ氏が注目する、もう一つの共通点が「家族」という価値です。今回のフォーラムでも、「家族の意味と社会発展」というテーマが取り上げられています。
アフリカでは、「私たちは皆つながっている」という感覚が強く、多くの地域で「見知らぬ人」を意味する言葉がほとんど存在しないと言われます。誰もが何らかの形で共同体の一員とみなされるのです。この広い意味での家族観は、中国社会にも通じるものがあります。
ここでいう家族は、核家族だけを指しません。血縁にこだわらず、「厳密な意味で血はつながっていなくても、互いに関わり合い、支え合う存在は家族だ」と考える発想です。エティエイボ氏は、この拡張された家族観が、制度づくりや人と人との関係に大きな影響を与えると指摘します。
- 社会制度を設計するとき、弱い立場の人を「遠い他人」ではなく「身内」として扱うことができる
- 対立や紛争を、単なる利害の衝突ではなく「家族内の問題」ととらえ、和解や対話の余地を探りやすくなる
- 国境を越えた協力でも、「世界は拡大した家族」という感覚から連帯を築きやすくなる
中国とアフリカが共有する家族観は、平和構築や緊張緩和に向けた共通の基盤になりうる、と同氏は見ています。
分断の時代に求められる「静かな対話」
地政学的な競争や情報空間での分断が進むなか、ニシャン世界文明フォーラムのように、哲学や倫理を手がかりに対話を重ねる場は、目立ちにくい一方で重要性を増しています。
ここで交わされるのは、誰が正しいかを競う議論ではなく、どの文明も尊重されるべきだという前提に立った「静かな対話」です。調和、多様性、家族、尊重――こうしたキーワードは、中国とアフリカだけでなく、世界のどの地域にも通じる普遍的な価値でもあります。
日本に暮らす私たちにとっても、このフォーラムは次のような問いを投げかけます。
- 自分とは異なる文化や価値観に、どれだけ耳を傾けているだろうか
- 自国の哲学や伝統の中に、対話や共生に生かせる知恵をどれだけ見いだしているだろうか
- 多様性を「面倒な違い」ではなく「可能性の源泉」として捉え直せるだろうか
文明間対話は、一部の専門家だけの課題ではありません。日々の会話やSNSでの発信のなかで、私たち一人ひとりが多様性と尊重の姿勢をどう実践するか。その小さな積み重ねが、分断を乗り越えるための第一歩になるのかもしれません。
Reference(s):
Beauty in diversity: Promoting understanding at the Nishan Forum
cgtn.com








