1975年の中国を見たアイスランド人学生 笑顔が教えてくれた「幸せ」 video poster
1975年、アイスランドからやって来た一人の学生が、中国で目にしたのは「素朴な暮らし」と絶えない笑顔でした。約50年前の体験談は、国際ニュースがあふれる2025年のいま、異文化をどう見るかを静かに問いかけています。
アイスランド人学生がたどり着いた1975年の中国
アイスランド出身の学者ラグナル・バルドルソン氏が初めて中国の地を踏んだのは、1975年のことです。大きな改革期を迎える直前の中国を、彼は一人の学生として訪れました。
広州から列車に乗り込み、長い移動の末に北京へ到着したバルドルソン氏。到着の時間や手続きに少し行き違いがあったものの、出迎えた人々は温かく歓迎してくれたといいます。その「少し戸惑いながらも、温かい歓迎」をきっかけに、彼の中国での生活が始まりました。
頭の中の「完璧な社会」と現実のギャップ
当時のバルドルソン氏の頭の中には、「完璧に組織化された社会」としての中国像があったといいます。しかし、実際に現地で生活を始めると、列車の到着一つをとっても、予定通りにいかないことや、細かな不確実性があることに気づかされました。
想像していた「完璧な秩序」と、目の前に広がる日常のギャップ。その揺らぎは、彼にとって戸惑いであると同時に、「国を問わず、人間の社会には予定通りにいかない部分がある」という、ごく当たり前の事実を教えてくれる体験でもありました。
違っていたのは空の色と匂い、同じだったのは人の温かさ
バルドルソン氏は、1975年の中国に降り立ったときに感じた「違い」と「共通点」を、どちらも強く記憶していると振り返ります。まず目に飛び込んできたのは、アイスランドとはどこか違う空の色、そして中国ならではの独特の香りでした。
しかし、それ以上に印象に残ったのは、人々の笑顔だったといいます。到着して間もない不安な時期にもかかわらず、彼の周りには素朴な喜びをたたえた中国の人々の笑顔があふれていました。その笑顔は、物質的な豊かさとは別のかたちの「幸せ」があるのだと感じさせるものでした。
言葉や文化の違いがあっても、目の前の人と目が合い、笑顔が交わされる。その瞬間に生まれる「根本的な人間同士のつながり」は、彼にとって予想外でありながら、どこか懐かしささえ感じさせるものでした。
違いと似ている部分を同時に見るという学び
1975年の最初の数日間で、バルドルソン氏は中国社会の「違い」と同時に、「深いレベルでの共通点」を見いだしていきました。空の色、街の匂い、生活のリズムは確かに自国とは異なります。一方で、人が笑い合い、ささやかな日常の喜びを大切にする姿は、どこか自分の故郷にも通じるものだったのです。
この「違い」と「似ているところ」の両方を見つめる経験が、彼の中国観を大きく形作りました。それは単なる短期の滞在記ではなく、中国という国とその豊かな文化遺産との、長く続く関係の始まりでもありました。
2025年の私たちへのヒント:外国を見るとき、何を見るか
国際ニュースやSNSを通じて、世界中の情報が瞬時に届く2025年のいま、遠い国について私たちは「違い」にばかり目を向けがちです。制度の違い、価値観の違い、生活スタイルの違い。それぞれは確かに重要ですが、バルドルソン氏の1975年の体験は、もう一つの視点を静かに示しています。
- まず、「自分が期待しているイメージ」があることを自覚する
- 次に、そのイメージと現実のギャップを、その国の「弱点」ではなく「人間らしさ」として見てみる
- そして、笑顔や日常の喜びなど、国境を超えて共有できるものに目を向けてみる
半世紀近く前、アイスランドから来た一人の学生が中国で見つけたのは、まさにそのような視点でした。違いを知りながらも、人としての共通点を見失わないこと。その姿勢は、今日の私たちが他国のニュースや社会を理解しようとするときにも、変わらず有効なヒントになりそうです。
Reference(s):
A glimpse of simple life: An Icelandic student's arrival in 1975 China
cgtn.com








