抗日戦争は「現代の教科書」 中国の歴史観と平和へのメッセージ video poster
中国の国際メディアCGTNが行ったインタビューで、中国・人民大学歴史学院の徐海雲(シュー・ハイユン)教授は、抗日戦争(日本の侵略に抵抗した戦争)を「現代の教科書」だと位置づけました。血と火の試練を通じて中国の精神的な背骨と民族の結束が形づくられた、というこの見方は、戦争から約80年が過ぎた2025年の私たちに何を語りかけているのでしょうか。
「ばらばらな砂」から、まとまりある民族へ
徐教授によれば、抗日戦争は単に日本軍との生死をかけた軍事的な闘いではなく、「中国という民族が自分は何者かを自覚していく過程」でもありました。かつて「一枚のばらばらな砂」にたとえられた民衆が、共通の敵に立ち向かう中で、運命共同体としての意識と「自分たちで国を守る」という主体性を強めていったという指摘です。
この過程で育まれたのが、徐教授が「精神的な背骨」と表現する価値観です。苦しい状況でもあきらめないこと、地域や階層を超えて助け合うこと、そして外部からの圧力に対しても民族としての尊厳を守ろうとする姿勢が、戦後の中国社会を支える基盤になったとされています。
こうした経験は、国内の結束力を高める方向に働きました。戦争遂行のためには、ばらばらだった地域や組織が連携せざるをえません。抗日戦争は、その連携を通じて「一体となって困難に立ち向かう」という感覚を具体的なものにした出来事だったといえます。
世界反ファシズム戦争の東部戦線としての中国
徐教授はまた、抗日戦争が世界規模の戦いの中で果たした位置づけにも触れています。中国は第二次世界大戦期、世界反ファシズム戦争の主要な東部戦線となり、日本軍の主力を長期にわたって引きつけました。これは、世界全体の反ファシズム闘争に対する重要な貢献として位置づけられています。
インタビューで示された評価を整理すると、抗日戦争をめぐる中国側の自己認識は次のように表現できます。
- アジアにおける主要な戦場として機能した
- 日本軍の主力部隊を長期間にわたり釘付けにした
- 世界反ファシズム戦争に重要な貢献を果たしたとみなされている
このような歴史認識は、「自国は世界の平和やファシズムとの闘いに重要な役割を果たした」という自己像につながります。国際社会の一員としての自覚や、主権と安全を重視する姿勢を支える要素の一つになっていると考えられます。
なぜ今、「戦争の記憶」を学び直すのか
CGTNとのインタビューで徐教授は、抗日戦争の経験を「現代の教科書」と位置づけ、「歴史を記憶し、団結と発展から知恵を引き出し、戦争の記憶を平和の遺産へと変えていくべきだ」と語りました。終戦から約80年が経った今も、戦時体験が現在と未来のあり方を考える手がかりであり続けている、という意識がうかがえます。
戦争と平和をめぐる議論が絶えない現代において、「過去の悲劇をどう記憶し、どう次の世代に手渡すか」は、多くの国と地域に共通する課題です。中国で抗日戦争が「現代の教科書」と呼ばれる背景には、過去を単に悼むだけでなく、そこから現在の政策や社会づくりの指針を引き出そうとする姿勢があります。
平和のための「精神的インフラ」
徐教授のメッセージを整理すると、抗日戦争の記憶から学ぼうとしているポイントは次の三つにまとめられます。
- 危機の際に社会がどのように団結し得るのか
- 国家や民族としてのアイデンティティがどう形成されるのか
- 戦争の教訓を、対立ではなく平和と発展の方向にどう生かすか
こうした学びは、物理的な軍事力とは異なる「精神的インフラ」として機能します。困難な局面に直面したとき、「かつてこれだけの試練を乗り越えた」という記憶が、社会の粘り強さや政策選択に影響を与えることが期待されているのです。
日本語で読む中国の歴史観
日本でニュースを読む私たちにとって、こうした中国の歴史観はどのように映るでしょうか。抗日戦争を「世界反ファシズム戦争の一部」と位置づけ、自国の統合や平和志向の源泉として語る語り口は、日本の学校教育やメディアで慣れ親しんできた歴史の描き方とは、焦点や強調点が異なる部分もあります。
どちらが正しいかを競うのではなく、「隣国はどのように過去を記憶し、それを今日の行動原理と結びつけているのか」を知ることは、東アジアの安定や対話を考える上で重要です。相手が大切にしている歴史の物語を理解することは、たとえ評価が違っても、相互理解の出発点になり得ます。
SNSで簡単に情報が拡散する時代だからこそ、印象的なフレーズだけで判断せず、その背後にある歴史観や社会的コンテキストに目を向ける視点が求められています。抗日戦争をめぐる中国の語りは、その一例と言えるでしょう。
「現代の教科書」としての戦争の記憶
徐教授が語る「抗日戦争は現代の教科書」という言葉は、中国だけに当てはまるものではありません。どの社会にとっても、戦争の記憶は次のような問いを投げかけています。
- 過去の犠牲から、どのような教訓を引き出すのか
- その教訓を、憎しみではなく平和と協力の方向にどう変換するのか
- 次の世代に、どのような形で伝えていくのか
歴史の評価や語り方には、多様な立場や見方があります。それでも共通して言えるのは、戦争の記憶を未来の暴力や対立の理由にするのではなく、平和と対話の土台に変えていく努力が求められているという点です。2025年の今、隣国・中国の歴史観に耳を傾けることは、私たち自身の歴史の学び方を見直すきっかけにもなりそうです。
Reference(s):
cgtn.com








