中国の国宝「楚帛書」 いまだ海外にとどまる文化財のいま video poster
中国湖南省で1942年に発見された「楚帛書(そはくしょ)」と呼ばれる絹の文書は、中国で確認されている中で最古の「布に書かれた文字」とされています。神話や数に関する独特の内容を持つこの国宝級の資料は、いまも海外に所在し、その行方と帰還の行方が国際ニュースとして静かな関心を集めています。
1942年、湖南省で見つかった「楚」の絹文書
楚帛書は、1942年に中国・湖南省の子彈庫(Zidanku)にある楚の古墳から出土したとされています。楚は、古代中国の南方に位置した強大な国家で、その独自の文化や宗教観は、のちの中国文明にも大きな影響を与えました。
この楚帛書は、文字が布、つまり絹に書かれたものとしては、中国で知られる限り最も古い例とされます。それまで主に竹簡や木簡、青銅器などに刻まれていた文字が、柔らかな布に記されている点で、書写文化の歴史を考える上でも重要な転換点を示す資料だといえます。
神話と数の世界――楚帛書が語るもの
楚帛書の内容は、神話的な世界観や、数に関する象徴性を含むとされており、その神話的・数理的(数に関する観念)な記述は、世界中の研究者にとって大きな関心の対象になっています。
具体的には、
- 神々や霊的な存在に関わる物語や図像
- 数字や周期、秩序をめぐる考え方
- 古代人の宇宙観や時間感覚につながるヒント
といった要素が読み取れるとされ、歴史学、宗教学、言語学、さらには数学史や思想史など、さまざまな分野の研究者にとって欠かせない資料になっています。
単なる古文書という枠を越え、文字・図像・数字が一体となった「ビジュアルな思考の跡」として、世界的な学術価値を持っている点も楚帛書の特徴です。
中国の国家的至宝、しかしいまも海外に所在
こうした背景から、楚帛書は「中国の国家的至宝」と呼ぶにふさわしい文化財です。ところが、この貴重な資料は中国国内にはなく、いまも海外に所在しているとされています。
発見から80年以上がたった2025年現在も、中国を代表する貴重な文化財の一つが海外に「とどまっている」という事実は、文化財をめぐる国際ニュースや議論のなかで象徴的な存在になりつつあります。
もちろん、海外にあるからこそ、世界中の研究者が比較的アクセスしやすく、国際的な共同研究が進みやすいという一面もあります。一方で、中国の古代文明を象徴する資料が中国を離れた場所にあり、中国の人びとが自国の文化遺産を直に見る機会が限られている状況に対しては、複雑な思いを抱く人も少なくありません。
「帰るべき場所」に帰る日は来るのか
楚帛書については、「本来あるべき場所である中国に、できるだけ早く戻ってきてほしい」という願いが語られています。これは特定の国や機関を非難するというよりも、文化財がその文化的な文脈と結びついた場所にあることの大切さをめぐる、より広い問題提起といえます。
近年、世界各地で、歴史的な経緯によって海外に渡った文化財を、元の地域や国に戻す「返還」をめぐる議論が続いています。楚帛書もまた、その一つとして位置づけられます。
この問題に取り組むうえで重要なのは、
- 学術研究の継続と発展
- 文化財の保存・保護の水準
- 関係者同士の対話と相互理解
といったポイントをていねいに調整していくことです。政治的な対立ではなく、文化遺産を守り、次世代につなぐという共通の目的を共有できるかどうかが問われています。
楚帛書から見える、文化財とわたしたちの距離
国際ニュースとして見れば、「中国の国宝級の絹文書が今も海外にある」という事実は、一見遠い世界の話のようにも聞こえます。しかし、少し視点を変えると、これは私たちの日常ともつながるテーマでもあります。
- デジタル画像や翻刻(文字起こし)を通じて、世界中の人が同じ文化財に触れられる時代に、現物がどこにあることに、どんな意味があるのか。
- 「誰のものか」だけでなく、「誰がどのように共有し、守っていくのか」という問いをどう考えるのか。
- 自分の暮らす地域の博物館や資料館にも、似たような「行き先の物語」を持つ資料があるのではないか。
楚帛書は、中国古代の神話や数の世界を伝える特別な文書であると同時に、文化財と人びと、そして国際社会との関係をあらためて問い直す鏡でもあります。
「いつ、どのような形で中国に戻るのか」。その答えはまだ見えていませんが、楚帛書をめぐる議論は、文化をめぐるこれからの国際協力のあり方を考えるうえで、一つの重要なケーススタディになるはずです。
Reference(s):
Chu Silk Manuscripts: A Chinese national treasure stranded overseas
cgtn.com








