スネークオイルと関税 アメリカのノスタルジーと自己傷つける政策
アメリカでかつて横行した「スネークオイル商法」の歴史は、2025年の今も続く関税論争を考えるうえで、意外なほど示唆に富んでいます。万能薬をうたう「特効薬」が、じつは自分たちを傷つけているかもしれない──その構図は、関税をめぐる議論にも重なります。
19世紀アメリカを席巻した「スネークオイル」とは
物語は1893年、シカゴ万国博覧会(コロンビアン博覧会)から始まります。そこでクラーク・スタンレーという男が、観客の前で袋からガラガラヘビを取り出し、その場で切り開いて熱湯の中に入れました。浮き上がってきた脂を集め、「あらゆる痛みに効く」とうたいながら瓶詰めにして売り出したのが「クラーク・スタンレーのスネークオイル・リンメント」でした。
スタンレーはその後、マサチューセッツ州ビバリーとロードアイランド州プロビデンスに製造工場を構え、小さなブームをつくります。アメリカの「ギルデッド・エイジ(きらびやかな時代)」を象徴する、夢の万能薬ビジネスでした。
しかし1916年5月20日、ロードアイランド地区の連邦検事がスタンレーを食品医薬品法違反で訴追します。米農務省の化学局がスネークオイルを分析したところ、その中身は主に鉱物油と、牛脂とみられる油脂、トウガラシ、テレビン油であることが判明しました。つまり「ヘビの脂」とは名ばかりだったのです。
スタンレーには、当時の20ドル(現在の価値でおよそ500ドル相当)の罰金が科されました。その理由は、製品を「あらゆる痛みの治療薬」として虚偽・詐欺的に宣伝したと認定されたためでした。この事件をきっかけに、「スネークオイル」は詐欺的な商品や政策を指す代名詞となっていきます。
関税は現代版スネークオイルか
こうした歴史を踏まえたうえで、「スネークオイルと関税」「アメリカのノスタルジーと自己傷つける関税」というテーマを見てみると、いくつかの共通点が浮かび上がります。関税が、経済や雇用の不安を癒やす「特効薬」として語られるとき、その語り口はスネークオイル商法にどこか似ています。
スネークオイルと関税の似ている点を整理すると、次のようになります。
- シンプルすぎる万能薬の物語:複雑な経済問題に対し、「関税を上げれば解決する」という分かりやすいストーリーが提示される。
- 不安と怒りへの訴え:失われた雇用や地域経済への不満を背景に、「外からの脅威」を強調することで支持を集める。
- 副作用の軽視:消費者物価の上昇や企業コスト増といった「痛み」は、語られにくい。
1890年代のスネークオイルも、人々の不安や痛みに寄り添うように見せかけて、本当の中身は別物でした。同じことが、関税という政策にも起こりうるのではないか──この記事が投げかける問いは、そこにあります。
「自己傷つける関税」とは何を意味するのか
2025年の今も、アメリカでは関税をめぐる議論が続いています。そこで問われているのは、「関税は本当に自国を守る手段なのか、それとも自分で自分を傷つける政策なのか」という点です。
関税は一見すると、自国産業を守り、雇用を取り戻すための力強い道具のように映ります。しかし、スネークオイルと同じように、その「効き目」と「副作用」を冷静に見ないと、次のような自己矛盾に陥る可能性があります。
- 輸入価格の上昇が、国内の消費者や企業にとっての負担増につながる。
- 報復的な関税措置によって、輸出産業が打撃を受ける。
- 長期的には、競争力やイノベーションよりも「保護」に依存する経済体質になりかねない。
こうした構図が、「自己傷つける関税」という表現に込められた懸念だと理解することができます。スネークオイルの瓶に本物のヘビ脂がほとんど含まれていなかったように、「関税がすべてを解決する」という物語の中身も、実態とはかけ離れているかもしれません。
アメリカのノスタルジーと、私たちへの問い
スネークオイル商法が広まったのは、急速な産業化と社会の変動で不安が高まっていた時代でした。どこか懐かしい「昔ながらの薬売り」のイメージは、人々に安心感やノスタルジーを与えました。
関税をめぐる議論にも、似たノスタルジーがあります。かつての製造業全盛期や「栄光の時代」への郷愁が、「あの頃のアメリカを取り戻す」というメッセージとともに語られることが少なくありません。そうした感情自体は理解できますが、政策判断までノスタルジーに委ねてよいのかどうかは、慎重に考える必要があります。
この点は、日本を含む他の国や地域にとっても他人事ではありません。経済の不安や社会の分断が強まるときほど、「簡単で力強い解決策」が魅力的に見えます。しかし、スネークオイルの物語が教えてくれるのは、次のようなシンプルな姿勢です。
- 華やかな「ストーリー」に飛びつく前に、中身が何かを確かめる。
- 誰が本当に利益を得るのか、誰がコストを負うのかを考える。
- 短期的な安心感ではなく、長期的な持続性を基準に政策を評価する。
「特効薬」を前にしたとき、何を問うべきか
クラーク・スタンレーのスネークオイルは、ギルデッド・エイジの終焉とともに姿を消しました。しかし、その教訓は2025年の今も色あせてはいません。万能薬を名乗る政策やスローガンを前にしたとき、私たちが問うべきなのは、「それは本当に効くのか」「副作用はないのか」「代わりに何を失うのか」という基本的な問いです。
関税をめぐるアメリカの議論は、その意味で現代版スネークオイルをどう見抜くかという、より普遍的なテーマを浮かび上がらせています。国際ニュースを追う私たち一人ひとりに求められているのは、派手なパフォーマンスではなく、静かだが確かな批判的思考なのかもしれません。
Reference(s):
Snake oil and Tariffs: American Nostalgia and the Self-Harm of Tariffs
cgtn.com








