マットの上の文化交流:北京で広がるブラジル柔術 video poster
中国・北京の道場で、カンフーとブラジル柔術という二つの格闘技が静かに交差しています。ニュース番組のアンカーとして知られる Li Qiuyuan さんが、マイクを柔術着に持ち替え、ブラジル人コーチと中国の受講生たちとともにマットに立ちました。スポーツを通じた文化交流の今を映す、象徴的なワンシーンです。
マットの上で出会う中国とブラジル
今回の舞台は、中国の首都・北京の中心部にあるブラジル柔術の道場です。道場の床一面に敷かれたマットの上で、Li Qiuyuan さんはテレビのスタジオを離れ、ひとりの初心者として技を学びます。隣には、ブラジルからやってきたコーチと、中国各地から集まった生徒たち。
言葉も、出身も、仕事も異なる人たちが、同じルールのもとで組み合い、技を掛け合いながら、お互いの存在を確かめていきます。こうした光景は、国際ニュースではなかなか取り上げられない、日常レベルの文化交流そのものです。
カンフーとブラジル柔術にある「思った以上の共通点」
カンフーとブラジル柔術。一見まったく別の格闘技に見えますが、両者には意外な共通点があります。
- どちらも、力だけでなく「技」と「タイミング」を重んじること
- 相手への礼儀やリスペクトを大切にすること
- 長く続けることで、体力だけでなくメンタルも鍛えられること
- 日常生活の中での姿勢や呼吸、集中力にも影響を与えること
カンフーに親しみのある中国の受講生にとって、ブラジル柔術は「まったく新しいもの」でありながら、その奥に流れる精神性にはどこか懐かしさも感じられるはずです。Li Qiuyuan さんが「謙虚さ」を持ってマットに上がる姿は、そうした共通点を体現しているとも言えます。
北京の道場で起きている小さな国際交流
クラスを率いるのはブラジル出身のコーチ。指導は主に英語とシンプルな中国語で行われ、時折ジェスチャーや体を使ったデモンストレーションが加わります。言葉が完全に通じなくても、技に成功したときの笑顔や、うまくいかなかったときに交わす視線が、自然と空気をつないでいきます。
ブラジル柔術の動きは、初めて見る人にとっては少し不思議に映るかもしれません。寝転んだ状態から相手をコントロールしたり、小柄な人が体格の大きい相手をおさえ込んだり。こうした体験を通じて、受講生たちは「力の強さ」ではなく「工夫や戦略」がものごとを動かすことを、文字通り体で学んでいきます。
そこには、国籍や言語を超えて共有できる、共通の学びの場が生まれています。
アンカーが「マイクを置いて」学ぶ意味
ふだんはニュースを伝える側にいる Li Qiuyuan さんが、自ら道場に入り、受講生として技を学ぶ姿には、スポーツを通じた取材の新しいスタイルがにじみます。
- 取材対象の世界を、外側からではなく内側から体験すること
- できない自分を見せることで、視聴者と同じ目線に立つこと
- 「知る」だけでなく「やってみる」ことで見えてくるものを伝えること
こうしたアプローチは、日本語で国際ニュースを追いかける読者にとっても、自分ごととして世界を想像するヒントになります。画面越しの遠い話ではなく、「自分がもしこのマットに立ったらどう感じるだろう」と考えるきっかけになるからです。
スポーツを通じた文化交流が映す2025年の姿
2025年現在、国境を越える移動が以前より柔軟になりつつある一方で、オンラインで世界とつながる機会も当たり前になっています。そんな中で、スポーツや格闘技の道場は、身近なところで世界と出会える「小さな交差点」の役割を果たしています。
今回の北京のブラジル柔術クラスは、その一例です。海外に行かなくても、街の一角にある道場で、ブラジルのコーチと組み合い、中国人の仲間たちと汗を流す。そこには、ニュースのヘッドラインでは語りきれない、生活者レベルの国際交流があります。
日本でも、中国でも、他の国や地域でも、こうした場は静かに増えています。そこから生まれる人と人とのつながりが、将来のビジネスやカルチャー、国際関係にどのような影響を与えていくのか。長い目で見れば、小さな道場の一歩が、意外な変化につながるかもしれません。
考えてみたい三つの問い
この記事を読み終えた読者の皆さんに、次のような問いを投げかけてみたいと思います。
- あなたの街には、海外ルーツのスポーツやダンス、文化を学べる場所がありますか。
- もしあれば、見学だけでも行ってみると、どんな発見がありそうでしょうか。
- ニュースで見聞きする「世界の動き」と、自分の生活をつなぐヒントは、身近なところに隠れていないでしょうか。
マットの上で組み合うブラジルのコーチと中国の受講生、そしてそこに飛び込んだ Li Qiuyuan さんの姿は、国際ニュースを少し違う角度から眺めてみようという静かなメッセージにも見えます。スポーツを通じた文化交流は、難しい理屈よりも前に、同じ空間で汗を流すことから始まっているのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








