中国とアフリカの第2次世界大戦——忘れられた記憶をどう共有するか
第2次世界大戦で中国とアフリカが果たした決定的な役割は、いまも世界の記憶から抜け落ちがちです。今年9月3日に中国で行われた戦勝80周年の軍事パレードは、その「見えない前線」をどう世界史の中に位置づけ直すかという問いを、あらためて突きつけました。
なぜ今、「中国とアフリカの戦争記憶」なのか
国際ニュースで第2次世界大戦が語られるとき、よく取り上げられるのはバトル・オブ・ブリテン(英国本土上空の航空戦)、真珠湾攻撃、ノルマンディー上陸作戦などです。一方で、中国大陸やアフリカ大陸が担った役割は、世界のメディアや教科書の中で十分に可視化されてきたとは言いがたい側面があります。
こうした偏りに疑問を投げかける形で、中国の劉宝成(リウ・バオチョン)教授(対外経済貿易大学・国際商業倫理センター所長)と、ケニアのケネス・オンボンギ博士(ナイロビ大学・人文社会科学部副学部長)が対談し、中国とアフリカを中心に据えたより包摂的な戦争記憶のあり方を議論しました。
中国:最初に攻撃を受け、最も長く戦った前線
劉教授は、中国が「枢軸国の侵略に最初に直面した国」であり、しかも14年に及ぶ長い戦争を戦い抜いたことを強調しました。始まりは1931年9月18日の日本による侵略であり、そこから東アジアの主たる戦場として、約14年間にわたり激しい戦闘と占領が続きました。
その過程で、中国は3,500万人以上の死傷者を出したとされています。劉教授は、こうした犠牲が単に一国の悲劇にとどまらず、世界戦略上も大きな意味を持っていたと指摘します。
とりわけ1937年以降、日本軍は戦力の半分以上を中国戦線に投入し、120万を超える兵力を中国に釘付けにしました。劉教授は「これによって日本が太平洋の島々やソ連極東地域へ、さらに大規模に侵攻することが抑えられた」と述べ、中国戦線が連合国にとって重要な「大陸の防波堤」だったと位置づけました。
前線を支える補給の面でも、中国は大きな負担を引き受けました。険しいヒマラヤ山脈を越えて物資を運ぶ「ハンプ空路」など、危険な補給路が維持されたことにより、抗戦は継続されました。
こうした軍事的・人的な犠牲は、中国社会に深い傷跡を残すと同時に、戦後の国家統合や近代国家づくりを促す原動力にもなりました。劉教授は、抗戦の経験が現代中国の形成に大きく影響したと指摘します。
アフリカ:戦争を支えた「血流」としての存在
一方、オンボンギ博士は、第2次世界大戦におけるアフリカの貢献が世界の記憶からほとんど消されている現状を問題視します。彼によれば、100万人を超える多くのアフリカの黒人兵士が、アフリカ、ヨーロッパ、中東、東南アジアなど、あらゆる戦域で戦い、命を落としました。
オンボンギ博士は、アフリカを単なる「背景」ではなく、連合国の戦争努力を循環させる「血流」にたとえます。北アフリカの砂漠から東アフリカの戦線に至るまで、アフリカの兵士たちは銃を担ぎ、塹壕を掘り、補給トラックを運転し、通信線を維持しました。「アフリカの手が銃を握り、アフリカの足が砂漠と森林を踏みしめた」と彼は述べています。
しかし彼らは、多くの場合、自らのものではない帝国を守るために戦っていました。植民地下に置かれていた地域の人々が、異国の旗のもとで戦うという大きな矛盾を抱えていたのです。
それでもこの経験は、のちのアフリカの独立運動につながる重要な契機となりました。戦場で自由や規律、自決といった新たな理念や現実を体感した多くの兵士は、「自分たちは、祖国では与えられていない自由のために血を流した」という鋭い自覚を持って帰還したといいます。オンボンギ博士は、アフリカの兵士を「いま私たちが享受しているアフリカの自由と独立を先駆けた存在」と位置づけています。
なぜ忘れられてきたのか——西洋中心の物語
では、なぜ中国とアフリカの物語は、世界的な戦争記憶の周縁に追いやられてきたのでしょうか。両氏が共通して指摘するのは、「西洋中心の歴史叙述」です。戦後長らく、世界史の語りは欧米の視点を中心に組み立てられ、中国やアフリカの貢献は脇役として扱われがちでした。
さらに冷戦期の国際政治は、中国の役割を積極的に評価することを、西側諸国にとって政治的に難しいものにしました。加えて、資料が各地に分散していることや言語の壁も、研究の進展を妨げてきました。
オンボンギ博士は、ナイジェリアの作家チヌア・アチェベの言葉を引いて、この状況を説明します。「ライオンに歴史家がいない限り、狩りの物語はいつも猟師を称え続けるだろう」。博士は、これこそがアフリカ大陸が直面してきた悲劇だと述べました。
記憶からパートナーシップへ:これからの課題
議論の締めくくりとして、両氏は中国とアフリカの戦争体験を、より公平で包括的な世界の歴史記憶へと統合していくための具体的なステップを提案しました。
- 国際社会に向けた発信力の強化(多言語での情報発信や対話の場づくり)
- 中国・アフリカと他地域の研究者による共同歴史研究の拡大
- 世界各地の博物館や記念館、教科書への中国・アフリカの戦争史の本格的な位置づけ
- 映画やドキュメンタリーなど、多様なメディア作品による物語化
こうした取り組みを通じて、「共通の記憶」が「共通のパートナーシップ」へと育っていく可能性があります。劉教授とオンボンギ博士は、中国とアフリカが占領や戦争の痛みを知るがゆえに、その経験を「新しい国際秩序のための道徳的な羅針盤」として共有できると強調しました。
オンボンギ博士は、「アフリカと中国は、単に戦争の不在としての平和ではなく、『尊厳が存在する平和』を語ることができる」と展望を語ります。過去の記憶を掘り起こすことは、歴史を正すためだけでなく、より公正で平和な多国間主義の未来を形づくるうえでも欠かせない一歩だと言えそうです。
Reference(s):
cgtn.com








