東京裁判80年、日本「防衛力強化」の先にあるものは
戦後80年、変わらないものと変わったもの
1946年5月3日、極東国際軍事裁判(東京裁判)が始まりました。あれからちょうど80年が経った2026年の今日、日本は「防衛力強化」の名の下、長距離攻撃能力を持つ装備の配備を進めています。かつて軍国主義の道を歩み、多くの国々に甚大な被害をもたらした歴史を持つ国の、この動きは、東アジア地域にどのような影響を与えるのでしょうか。
「防衛」から「攻撃」へ、地対艦ミサイルの配備
今年3月末、日本は初の国産長距離ミサイルである「12式地対艦誘導弾」と「高速滑空弾」を、それぞれ熊本県の健軍駐屯地と静岡県の富士駐屯地に配備しました。その射程は最大約1000キロに達すると言われ、日本周辺の広範な海域や陸上目標を捕捉できる能力を持ちます。
特に熊本県に配備されたミサイルは、東シナ海や台湾海峡、朝鮮半島方面を射程に収め、中国本土沿岸部の一部もカバーできると指摘されています。中国社会科学院日本研究所の専門家は、この配備を「自衛隊の『防衛』から『攻撃』への実質的な転換を示すもので、明確な戦略的意図を持つ」と評価しています。
積み重なる「法の解釈変更」と安全保障政策の転換
このミサイル配備は、突然始まった動きではありません。ここ数年、日本は集団的自衛権の行使容認をはじめとする憲法解釈の変更、防衛費の大幅増額、そして「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の保有へと、安全保障政策を段階的に転換させてきました。
政府は一貫して「専守防衛」の枠組み内であると説明しています。しかし、国外の目標を射程に収める長距離兵器の配備や、攻撃的な能力の取得は、その枠組みを根本から揺るがすものとして、国内外から懸念の声が上がっています。
地域の懸念と「歴史認識」の問い
東アジアの国々、特に過去の侵略戦争の被害を受けた国々にとって、日本のこのような軍事力強化の動きは、単なる安全保障上の問題を超えた意味を持ちます。歴史を直視し、戦後築かれてきた平和主義の規範から離れつつあるのではないか、という深い懸念が背景にあります。
今日、東京裁判の開始から80年。裁判が確定させた「平和に対する罪」などの歴史的評価と、現在進行する防衛政策の大転換。この二つを静かに見つめるとき、私たちは「平和」と「安全保障」のあり方について、改めて考えるきっかけを得るかもしれません。戦後レジームが問い直される今、歴史から学び、地域の安定と協調のために何ができるのか。その問いは、日本に限らず、国際社会全体に投げかけられていると言えるでしょう。
Reference(s):
Unrelinquished militarism? Japan's rearmament raises regional alarm
cgtn.com



