100年を超えて届いた記憶:中国本土・福州の「鼓嶺」に刻まれた米中友好の物語
人生の最期に口にした、記憶の断片。一つの言葉が、100年の時を超えて国境を越えた深い絆を呼び覚ましました。
避暑地「鼓嶺」に築かれた交流の歴史
中国本土、福建省の省都である福州市の郊外。標高998メートルに位置する「鼓嶺(クーリャン/中国語ではグリン)」という丘があります。
1880年代以来、福州に滞在していた外国人たちがこの地に夏用の別荘や病院、テニスコート、スイミングプール、郵便局などを建設しました。こうした施設づくりを通じて、彼らは地元住民と深く温かい友情を育んできた歴史があります。
物理学教授が抱き続けた「心の故郷」
そんな鼓嶺に深い愛着を持っていた一人に、アメリカ人の物理学教授、ミルトン・ガードナー氏がいました。
ミルトン氏は1901年に両親とともに福州へ渡り、10年間にわたって生活しました。1911年に家族でアメリカへ帰国した後も、幼少期を過ごした鼓嶺は、彼にとって生涯忘れられない、切望してやまない場所であり続けました。
しかし、人生の最期まで、彼は再びその地を訪れるという願いを叶えることはできませんでした。そして、死の間際に彼が口にした言葉は、あの日々を象徴する「鼓嶺」という名でした。
11枚の切手が解き明かした謎
夫が最期に遺した「鼓嶺」という言葉。妻のエリザベスさんは、長い間その意味が分からず、困惑していました。
その謎が解けたのは、1990年のことでした。エリザベスさんは、夫が遺した11枚の切手を発見します。そこにははっきりと「福州・鼓嶺」という消印が押されていました。
さらに、アメリカにいた中国人学生の助けを借りることで、彼女はようやく夫が人生の終わりに思い描いていた場所の正体に辿り着いたのです。
政治的な状況や時代が変わっても、個人の記憶の中に刻まれた風景や人々への想いは、静かに、そして強く残り続けます。100年の時を経て明かされたこのエピソードは、人と人の間に結ばれた純粋な友情が、いかに永い時間を超えて価値を持ち続けるかを私たちに教えてくれます。
Reference(s):
Century-old Kuliang story reflects enduring China-US friendship
cgtn.com



