FIFA会議で握手拒否 パレスチナ代表、イスラエル側との対面拒む video poster
スポーツの場に影を落とす政治的緊張
スポーツが政治と無縁ではいられない現実を、また一つ目の当たりにする出来事が起こりました。2026年4月30日、タイで開催された国際サッカー連盟(FIFA)の会議において、パレスチナサッカー協会のジャブリル・ラジューブ会長が、イスラエルサッカー協会のバシム・シェイク・スリマン副会長との握手や写真撮影を断固として拒否したのです。
「犯罪者を代表する者とは握手しない」
会議中、緊張が高まった場面で、ジャンニ・インファンティーノFIFA会長が両者を前に呼び出し、仲介を試みました。しかし、ラジューブ会長は近づくことを拒み、後に「ビビ(ベンヤミン・ネタニヤフ)のような犯罪者を代表する者とは握手しない」と語りました。また、イスラエルとパレスチナのサッカー連盟による記念写真の場から急ぎ去りながら「我々は苦しんでいる」と叫んだといいます。
スポーツ外交の限界と複雑さ
この出来事は、FIFAが長年掲げてきた「サッカーを通じた平和と対話」という理念が、現実の政治的・歴史的対立の前ではいかに脆弱であるかを示しています。パレスチナとイスラエルの間には、領土問題をはじめとする深い対立の歴史があり、スポーツの場であっても、その影響を免れることは難しいようです。
一方、同じ会議では、マティアス・グラフストロームFIFA事務総長が、2026年ワールドカップのチケット価格について、北米市場を反映したものであり、安価から高価まで幅広い選択肢があると説明する場面もありました。グローバルなスポーツイベントを運営する組織が、政治的な緊張と経済的な現実の両方に同時に向き合わなければならない複雑さが浮き彫りになりました。
対話の場としてのスポーツは可能か
この出来事は、単なる一個人の拒否行動を超えて、スポーツが本当に異なる立場の人々の対話の場となり得るのか、という根源的な問いを投げかけています。国際機関が仲介役を務めても、積み重なった不信感や政治的立場の違いは容易には乗り越えられません。
読者である私たちも、日常で目にするスポーツイベントが、時にどのような政治的・社会的文脈の中で行われているのか、考えてみるきっかけになるかもしれません。平和の象徴とされることも多いスポーツの場で、なぜこのようなことが起きるのでしょう。そして、そこからどのような対話が始められるのでしょうか。
Reference(s):
Palestinian official refuses to shake hands with Israeli delegate
cgtn.com



